ブル中野氏が明かす、1995年、北朝鮮「平和の祭典」の舞台裏

週プレNEWS / 2012年11月23日 13時0分

ブル中野vs北斗晶の女子プロレス頂上決戦は、男子の試合よりも北朝鮮の観客の心を鷲づかみにした

累計120万部を突破した『燃えろ!新日本プロレス』シリーズ。11月22日に発売された第30号は、アントニオ猪木の「闘魂外交」の結晶、北朝鮮「平和の祭典」大会を特集する。2日間で38万人の大観衆を動員した歴史的大会の舞台裏で何があったのか。大会2日目、北斗晶とのシングル戦で男子に劣らぬ激闘を繰り広げた“女帝”ブル中野氏に、平壌の思い出を回想してもらった。

■女子プロレスに19万人が大興奮!

1995年4月28、29日、アントニオ猪木率いる新日本プロレスは北朝鮮・平壌で「平和のための平壌国際体育・文化祝典」(通称「平和の祭典」)を開催。巨大な綾羅島(ルランドー)メーデー・スタジアムに、2日間で計38万人といわれる大観衆を動員した。猪木vsアメリカの超大物リック・フレアーのメインイベントのほか、蝶野正洋、橋本真也、スコット・ノートンらトップ選手が参戦。また、初めて女子レスラーが新日本のリングで試合をした歴史的な大会でもあった。ブル中野氏が振り返る。

「当時、私はアメリカのWWFに参戦中でニューヨークに住んでいました。そのとき猪木さんが日本人コミュニティで講演をされました。そこでお会いしてお話しするうちに、『じゃあ、北朝鮮に行くか』と声をかけてくださり全日本女子プロレスの選手を集めました」

―当時の北朝鮮といえば、今よりもっと謎の多い独裁国家のイメージ。怖くなかったですか?

「知識がない分、逆に怖くはなかったですね。名古屋からのチャーター便で飛んで、上空から平壌の街並みが見えてきたとき、鮮やかなマスゲームとは対照的に色のない国だなぁと思いましたね。灰色の街並み。空港には職員しかいなかった」

―現地で何か驚いたことは?

「19万人のお客さんは、みんなグループをつくって歌いながら徒歩で会場入りするんですよ。いちばん遠方の人は5時間くらいかけて。ちゃんと全員キレイに入場できるように、グループごとに時間が決められていたみたいですね」

―規制退場ならぬ規制入場。

「試合前のセレモニーでは大勢の子供たちが踊るんですけど、みんなバック転するんですよ。『ホントに全員できるんですか?』って案内係の人に聞いたら、『できるまでやるんです』って。すごいなと思いました。踊りを間違ったりしたら後で怒られるんじゃないかってドキドキしましたね」

―プライベートの時間は何を?

「昼間は観光していましたけど、夜に一度、カラオケスナックに行きました。私たちが入るまでお店の中は静かだったのに、ドアを開けた途端に電気がパッとついて中にいたお客さんが騒ぎ始めたんです。その異様な雰囲気の中では歌いにくくて、結局すぐに出てしまいましたね(苦笑)」

―仕込みだったわけですね。

「私たちは高麗(コリヨ)ホテルに泊まっていたんですが、あるとき猪木さんの部屋に行こうとしたら階を間違えてしまい、そこが真っ暗だったんです。そしたらすぐに人がバーッと出てきて『どうしたんですか?』って。とにかく、私たちがどこで何をしてるのか、全部把握している。部屋もたぶん盗聴されているから、失礼なことは絶対言ってはいけないとかいろんな規制がありましたね。シャワーも入りづらかったですよ、どっかで見られているんじゃないかと(苦笑)」

―プロレスを初めて観る人たちの前での試合でしたが、不安は?

「試合は冷静でしたね。男子の試合は寝技とか地味な感じだったので、女子は飛んだり跳ねたり大きな技が沸くかなと思ってたんですが、体と体がぶつかる音や、バーンとマットにたたきつける音に反応があって、すぐに頭を切り替えましたね」

―ブルさんの中で、この大会はどんな位置づけをされてますか?

「レスラーとして19万人の前で試合をできるというのは一生に一度のことですし、予定調和ではなくお客さんを沸かせたというのは自分の実力だったと自負しています。そういう経験をさせてもらったことに感謝していますね。それにしても、お客さんたちはまた5時間歩いて帰ったのかなと思うとビックリしますね(笑)」



(撮影/乾 晋也)

●ブル中野(ぶる・なかの)



1968年生まれ。90年代の女子プロレス最盛期の頂点に君臨した“女帝”。アメリカWWF(現WWE)女子世界王者になった唯一の日本人。現在は東京・中野で「Girls婆Bar 中野のぶるちゃん」を経営しながらタレント活動も行なっている【http://bull-chan.jp/】





■『燃えろ! 新日本プロレス 至高の名勝負コレクション』



vol.30 『38万人熱狂! 北朝鮮「平和の祭典」を見たか?』



価格1680円(税込)



○ブル中野vs北斗晶



○アントニオ猪木vsリック・フレアー



[1995年4月29日、北朝鮮・平壌メーデー・スタジアム]

○ビクトル・ザンギエフvs長州力



○アントニオ猪木&ショータ・チョチョシビリvsマサ斎藤&ブラッド・レイガンズ



[1989年12月31日、ソ連・モスクワ市ルイージニキ室内競技場]

○アントニオ猪木&タイガー・ジェット・シンvsビッグバン・ベイダー&アニマル浜口



[1990年9月30日、横浜アリーナ]



■週刊プレイボーイ49号「そのときプロレス史が動いた! 1995年、北朝鮮『平和の祭典』の舞台裏」より



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