橋本治の相変わらず役に立たない話 第10回「アラブから『民主主義の成果』を思う

週プレNEWS / 2013年1月29日 17時30分

アフリカのマリにイスラムの武装勢力が攻め込んで、マリ政府はフランスに軍事的支援を求めた。するとすぐに、マリの隣国アルジェリアで、別のイスラム勢力が天然ガス田にいる日本人を含めて外国人を人質に取った。そういうニュースを聞いて、前から気になっていたことを思い出した。

アラブの春でアルジェリアの隣国リビアのカダフィ体制が崩壊した。ソーシャルメディアの力によって、「みんなが力を合わせて悪い支配者を追い出す」ということは可能になったけれど、同じアラブの春で政権交代を実現させたエジプトでは、新たな支配勢力が複数で登場して、なんだか落ち着かなくなっている。リビアもご同様で、ソ連崩壊後にソ連軍の武器があっちこっちに流出したように、落ち着きがなくなった状況の中で、武装勢力が台頭して来てしまう。「アラブの春」はいいけれども、「その後」の大変な状況があらわになってしまったのがアフリカ情勢みたいですね。

当たり前と言えば当たり前ですね。バラバラの勢力が「悪い支配者」を大同団結して倒す。「小異を捨てて大同につく」というのは昔から言われていることだから珍しくはない。でも「悪い支配者」を倒した後はどうなるのか? 「悪い支配者を倒すための団結」と、「悪い支配者を倒した後の団結」は質が違う。利害関係がバラバラな人間たちがある目的のために団結して、その目的を果たすと、その瞬間から「団結」の崩壊が始まる。元の「利害関係がバラバラの人間達の集団」に分裂してしまう。それを回避するためには、「団結する目的」の他に「団結の理念」が必要になる。その理念によって、「悪い支配者」を倒した後のシステム運営が可能になる。それがなければバラバラで、再び「団結」以前の小競り合い状態になる。ソーシャルメディアのおかげで、「目的」を限定された団結は可能になったけれども、「その後を運営する理念」の方はどこかに行ってしまった。うん、大変な時代になったもんだなと思う私は、別にアラブや北アフリカのことを言ってるわけではなくて、日本のことを考えてるんですが。

日本の年末の総選挙はとても不思議なもので、自民党に追い風が吹いていたわけではないのに、自民党が圧勝してしまった。「我が党への追い風が吹いていたわけではない」というのは自民党でも認めていて、政権の座に復帰してもここでミスをすれば後がないと言っていた。「うっかりすればまた野党に転落だぞ」ということではあろうけれど、今度自民党が野党に転落する時の与党というのは、どこなんだろう? もしかしたら、日本国民にとっても「後がない」かもしれない。

自民党が圧勝したのは選挙制度のせいだとも言うけれど、「第三極」と言われるものがバラバラで大同団結が起こらずに、結果的に自民党の勝利につながったというのが正しいところでしょ。「どこに入れていいのか分からないので投票に行かなかった」と言う人達が地方にはかなりいて、それで投票率は戦後最低だったりもしたけれど、投票の対象となるような「入れるべき政党」が自民党しかなくなっていたというのは事実でしょう。

では、どうして「第三極」に大同団結が起こらなかったのか? 「政党間の政策の不一致」とか言われたけれど、くっつくためには平気で政策の違いを無視して、それで「野合」とか言われてもいたから、大同団結が起こらなかったのは「政策の不一致」のためではないですね。くっつく部分は、そんなところを平気で無視出来た。じゃ、なんで大同団結が起こらなかったのか? 理由ははっきりしている「小沢一郎の不在」ですね。

「壊し屋」とは言われているけれど、小沢一郎は「くっつけ屋」でもあって、小沢一郎がいてこそ政党はくっつく。1990年代からの日本政治はそういうもんです。小沢一郎がくっつけて、大同団結を実現して、政権交代を起こしている。しかも二度も。「壊し屋」の面ばかり強調されているけれど、日本という国は「小沢一郎なくして政治の大同団結なし」という国なんですね。

その小沢一郎が2012年の総選挙では表に出て来れなかった。太陽の党を作って、そこから日本維新の会の代表になった石原慎太郎は「小沢一郎と一緒になるのは死んでもいやだ」と言った。小沢一郎の動きようはまずなくなって、公示前に突然登場した嘉田由紀子の日本未来の党に、民主党から別れて作ったばかりの「国民の生活が第一」なる政党を預けてしまった。選挙上手の彼のことだから、「生活が第一じゃ勝てない。“卒原発”を言う女の党首の党なら勝ち目はある」と考えたんでしょうね。でも、選挙結果は惨敗で、言い出しっぺの代表だった嘉田由紀子が抜けて、結局、小沢一郎の生活が第一が看板を書き換えて日本未来の党になってしまった。日本未来の党が生活の党と名前を変え、小沢一郎は代表にならなかった。選挙で惨敗した後の日本未来の党に起こった内輪揉めが、「小沢一郎を代表にしろ」「いやしない」であったはずなのに、嘉田由紀子を追い出した生活の党は、小沢一郎を代表にしなかった。日本未来の党が選挙に負けたのは嘉田由紀子のせいだと言われているけれど、実際は「小沢一郎がバックにいる政党はいやだ」というのが大きかっただろう。そこのところをちゃんと分かっているから、嘉田由紀子に生活が第一を預けてから、小沢一郎は表に出て来ない。民主党とタモトを分かってしまった以上、民主党との合流も出来ない。それをしたって、「またァ!?」とあきれられるだけだ。

生活の党の代表を女にして、自分は表に出ないようにしていたのに、それだけだとなにかいけないことでもあるのかと思われてしまうから、とでも考えたのか、小沢一郎はやっぱり生活の党の代表になった。でも、大丈夫なんでしょうか?

あまりこういうことは言われないけれど、平成以降の日本政治は小沢一郎によって動いていた。小沢一郎の「くっつける」という技法なくして、政界の変化は起こらなかった。でも、その小沢一郎が力をなくしてしまった。民主党のドタバタ騒ぎを経験してしまった後では「小沢一郎の作る新政党」は人の信用を獲得しにくいだろう。だから、この先の日本政治は小沢一郎抜きで進んで行くしかない。ということは、「悪い支配者がいるから、みんなで団結して倒しましょう」のパターンはもう使えなくなるということでもある。この場合の「悪い支配者」は「既成政党=自民党」でしたが。

これから日本はどうするのだろう? 自民党がだめだったらどうするんだろう? それを考えるための政党というのは生まれるのだろうか? 数合わせをしたって、その亀裂はすぐに現れるということがはっきりしている以上、数合わせに意味はない。一時的に意味はあったとしても、「団結の理念」がない団結はすぐにバラバラになる。

この団結をバラバラにしない方策は、昔はひとつあった。統率力のある強いリーダーを持って、全体をまとめるという方法で、日本維新の会の石原慎太郎や橋下徹はこっちのほうでしょう。でも、先の総選挙で日本維新の会への票はそんなに伸びなかった。民主党と同じ程度になってしまった。どうしてかと言えば、「強いリーダーを待望する」という声のある一方で、「強いリーダーなんかいてほしくない」という声もあるから。それが「民主主義の成果」というものでしょう。

「民主主義の成果」という言葉を皮肉にしない方法は、ひとつしかない。国民の頭がもう少しよくなることだ。「強いリーダーなんかいらない」と言う声を出すのなら、それだけの「責任」が国民の側になければならないはずですがね。

 

●橋本治(はしもと・おさむ)



1948年生まれ、東京都出身。小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイなど縦横無尽に創作活動を展開。主な著作に『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)など。

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