芸人・マキタスポーツが説く“閉塞感を打ち破るヒント”「空気なんか読まずにボケまくれ!」

週プレNEWS / 2013年2月11日 6時0分

“一億総ツッコミ化”した日本を憂い、「とにかくボケに徹すべし!」と語るマキタスポーツ

芸人・マキタスポーツが本名の槙田雄司(まきた・ゆうじ)名義で書いた『一億総ツッコミ時代』(星海社新書)が、オードリーの若林や糸井重里の絶賛も後押しし、ロングテール的に版を重ねている。SNSの普及やお笑いブームを経て、誰もが批評家ヅラで森羅万象にツッコミを入れるようになったニッポンの息苦しさを憂い、「ツッコミ過多」の閉塞感を打ち破るにはとにかくボケに徹すべしと説く同書。有効な処方箋になるのか?

■笑わせるんじゃなくて、あえて笑われにいく

―いきなりのチャブ台返しみたいで恐縮なんですけど……。

マキタ どうぞどうぞ。

―そもそもボケとかツッコミの役割分担って、個人の性格によってハナから決まってません? バリバリのツッコミ気質な人がボケ転向を命ぜられてもツラいよなと。

マキタ 確かに。でも、僕は別に芸人になれって言ってるわけじゃないし、ボケたとこで前田敦子の天然っぷりにかなわないのは承知してます。ただ今の日本は、ツイッターとかニコ動のコメントに顕著だけど、自分からは何もしないのに、誰かにツッコんだり批評することで己の立場の安全を確保したり、自意識を守ってる人があまりに多すぎやしないかと。

―……耳が痛いです。

マキタ それに「あっ、今噛んだ!?」とか「オチは?」みたいな本来は芸人の言葉を一般の人が使って、相互監視しながら他者のツッコミどころを探してる。ニコ動やツイッターで急に悪意に満ちた人格に豹変して他者を攻撃したりね。せっかくSNSとか便利な表現ツールなんだから、それをギスギスしない、もっと面白い表現に生かすために、あえてボケ転向を提唱してます。

―あえて、ですね。

マキタ 僕、山梨から上京して1年間、引きこもってた時期があって。バブルのチャラチャラした空気になじめなくてコミュニティからはじかれたんです。人と会いたくないから銭湯行くのもいやで、半年以上風呂入ってなかった。でも部屋で何してたかといえばテレビに向かって文句言ってるだけで、斜に構えて社会を呪った結果「アイツら全員バカ」みたいに根拠のない全能感や自意識だけ肥えて。

―SNSのない頃から、一億総ツッコミ時代を地でいってたと。

マキタ でもお笑い芸人になって容赦ないツッコミやダメ出しを受けるなかで、ムダな自意識が徐々に削ぎ落とされたんですね。だから全員の自意識が肥大化した時代に、あえてボケ側に回ってツッコまれるのは有効じゃないかと。

―とはいえマキタさんは「作詞作曲ものまね」という持ちネタがあったり、ポップカルチャーを批評してたり、どっちかというとツッコミじゃないですか。

マキタ 確かに。でも、僕もツッコミキャラでやってきていまひとつ芸人としてむけ切れなかった実感があるし、40歳過ぎて年齢的にも体力的にも誰かにツッコまれまいと防御体勢で気張ってるのがつらくなってきまして。だったらその老化っていう文字どおりのボケを受け入れて笑いに変えようと。

―受け入れたら、具体的に何か芸に変化ってありました?

マキタ 例えば自分でハゲをネタにできるようになったとか。昔は人から「ハゲ!」ってイジられても「ほかに武器あるから、そんな卑近な笑いいらない」みたいな心持ちでかたくなに拒絶してたけど、最近はもう、逆に武器ですよ(笑)。

―突然ヘアコンタクトを装着して、「ズルいなぁ」みたいなツッコミを自ら誘発したり(笑)。

マキタ 計算ずくってわけでもないけどね。とりあえずもう人に何言われてもいいから、あるもの全部さらして、空気読まずに自分のやりたいことやろうっていう。自分で自分を道化化するというかね。そこに到達した瞬間、楽になる。

―結局、ボケというのは自分語りで笑いを取るのと同義ですかね。

マキタ 笑わせるんじゃなくて笑われにいく。それが笑いの原点だと思うんです。日本のお笑いって今ある意味で成熟して、芸人が理系化してるようなとこあるから。

―理系化、ですか?

マキタ 例えば4分間の漫才に何個ボケを入れられるか逆算してネタを作ったり、ひな壇でいかに空気を読んで振る舞うかとか、無難に番組を回せるか否かに価値が置かれるような時代でしょう。無垢なボケっていうのはそこへのカウンターにもなりますよ。

―今の話を聞いててふと思ったんですけど、こないだの総選挙のとき、テレ東で池上彰さんが司会してた特番って観ました?

マキタ あっ、俺は観てないけど話には聞いてますよ。

―石原慎太郎に暴走老人ってかみついたり創価学会と公明党の関係に斬り込んだり、あえて空気を読まない進行で、池上さんが道化を演じてるようにも映ったんです。

マキタ ハレの場で、ある種バカなふりしてるってことね。

―えぇ。番組を引っかき回したりって本来は芸人の役目なのかもしれないけど、みんな行儀がいいから、ツッコまれるの覚悟で池上さんがボケたのかなって。「わからないことを聞く」っていうのはジャーナリストの原点でもあるし。

マキタ 臆測でしかないけど、それはあるかもしれない。そういう画面越しの異物感っていうのは大事ですよ。江頭さんが圧倒的に面白いのもそういうことだし。

―完全にイッてる表情のときありますね、悦に入った瞬間が。

マキタ でしょ。僕、誰にとっても一番のボケって、お笑いの技術とかじゃなくて自分がゴキゲンになれることを優先させられるか否かにかかってると思うんですよ。

―ゴキゲン……ですか。

マキタ 夢中って言い換えてもいい。だって冒険家を見てくださいよ。植村直己なんて完全なボケですよ。友達も連れずにひとりで北極行って、犬ゾリで未踏の地を目指す。そこに何があんのって話じゃないですか、何もないですよ。でも、無我夢中で熱く生きた結果をわれわれはスゴいとたたえるほかないし、チャーミングでしょ。

―確かに(笑)。

マキタ 最近、長井秀和が自分がある宗教法人の熱心な信徒として育ってきたことをネタにしてるんですね。生まれ持ったある種の悲劇を相対化してボケに変える。それも夢中で面白い。そこには嘘がないし、すごく切実だし。

―でも僕ら一般人にとって、夢中になれて笑いに昇華できるネタ探すのって意外に難しいかも。

マキタ 簡単ですよ。結婚! 結婚なんて出産も子育ても夫婦のいざこざも、みっともないの連続だし全部夢中にならざるを得ない。ベタをさらせばいいんです、ベタを。

―結婚どころか恋愛できないのが世代の悩みというか問題で……。

マキタ 困ったね(苦笑)。

―こないだ同窓会で久々に高校の同級生の女子と会ったときも「最近どう?」みたいな恋バナに当然なるわけです。でも、そもそも社会人になって6年間ちゃんと彼女いたことないし、セックスにも自信ないし、あまりに恋愛ネタがなくて。困った挙句、オナニーの話をしたんです。唯一話せるならこれだって。恋愛とズレますけど。

マキタ …………(苦笑)。

―で、鉄板のズリネタから、なんなら「高校時代、キミの写真でヌイてた」みたいな話まで延々……ベタとは違いますね(苦笑)。

マキタ あぁ……いや、いいと思いますよ。ひとりの悲しい30歳男のペーソスというか、くっだらないことでジクジク悩んでること自体が滑稽だから。そういう感覚で自分を見ることからボケ転向を始めればいいと思うんですよね。

(撮影/大槻志穂)

●マキタスポーツ



本名・槙田雄司。1970年生まれ、山梨県出身。芸人、ミュージシャン、コラムニストなどの肩書を持ち、鋭い批評的目線に裏打ちされたネタや作曲を行なう

『一億総ツッコミ時代』 (星海社新書)



多くの人々がプチ評論家と化し、他者や世の中の出来事を批評・批判する日本。ツッコミ過多の現代を面白く生き抜く、ボケ的人生のススメがココに!



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