【競馬】さらば鉄人アンカツ! 伝説の名騎乗ベスト5

週プレNEWS / 2013年2月16日 10時0分

1月30日、“アンカツ”の愛称で知られる安藤勝己騎手(52歳)が現役引退を発表した。

1976年に地方競馬の笠松でデビュー。その後、2003年に、史上初となる地方競馬から中央競馬(JRA)への移籍を果たすと、引退までの10年間でGI22勝。地方出身騎手のパイオニアとしてはもちろん、その優れた手綱さばきが競馬界に与えた影響は計り知れない。

その偉大な功績をたたえるべく、週プレが独断と偏見で選んだ5つのレースを振り返る!

●5位 2003年・高松宮記念(GI) ビリーヴ(1着)

中央移籍後わずか30日、初めて迎えたGIで、アンカツはいきなりタイトルを獲得した。

前年のスプリンターズS(ステークス)を制したビリーヴだが、続く香港遠征で大敗。このレースの前哨戦でも2番人気で9着と精彩を欠いた。

「それでも(アンカツさんは)内枠なら勝てるだろうと思っていたようです」

そう当時を振り返るのは、アンカツ取材をライフワークとし、著書に『安藤勝己の頭脳』などがある競馬ライターの亀谷敬正氏だ。

希望どおりに1番ゲートを引き当てたアンカツとビリーヴは、1番人気のショウナンカンプをマークするように3番手で追走。そして、直線で早々と先頭に抜け出す。ゴール目前、「安藤勝己、夢にまで見たGI制覇!」と叫んだのは、実況を務めたラジオNIKKEIの藤田直樹アナだった。実は藤田アナも1番ゲートに予感めいたものを感じていたという。

「これは勝ちそうだなと思い、10個くらいフレーズを用意していたんです」(藤田アナ)

初めてのGI勝利とは思えない堂々としたレース運びだったが、前出の亀谷氏によれば、

「『今ならもっと追い出しを我慢できた』と後に語っているので、意外と緊張していたのかも」

というのだから恐れ入る。



●4位 2008年・阪神ジュベナイルフィリーズ(GI) ブエナビスタ(1着)

希代の名牝(めいひん)ブエナビスタは、スミヨンや岩田康誠(やすなり)とのコンビのイメージが強いが、アンカツとコンビを組んだ2、3歳時の活躍を忘れてはならない。なかでも、この勝利がなければその後のブエナビスタはなかったかもしれない。

17分の6という抽選をくぐり抜けてレースに出走。2歳のこの時期、馬に負担がないようにコースロスを避けるように乗るのがセオリーだが、前半を後方でじっくりと進めたアンカツとブエナビスタは、不利を受けるリスクを嫌い、勝負どころの3コーナーから4コーナーにかけて馬群の大外から進出。直線であっという間に先頭に立つと、2着以下に2馬身半差をつける圧勝劇を見せた。冷静沈着なアンカツのエスコートによって引き出されたこの爆発力が、後に桜花賞やオークスでの後方一気のレースにつながっていったのだ。

●3位 2004年・日本ダービー(GI) キングカメハメハ(1着)

中央移籍の翌年、アンカツは早くもダービー制覇のチャンスを得る。今や2頭の海外GI馬の父となったキングカメハメハだ。

皐月賞には見向きもせず、NHKマイルC(カップ)を勝っての“変則2冠”を目指したこの馬とのコンビについて、亀谷氏はこう振り返る。

「むしろマイル戦のほうが不安だったので、NHKマイルCを勝った時点で、ダービーも勝てると思っていたようでした」

このレース、アンカツのキングカメハメハが1番人気だったのに対し、皐月賞で2着となったホッカイドウ競馬所属のコスモバルクと五十嵐冬樹のコンビが2番人気に推されていた。注目を集めた元地方vs地方の対決だったが、ダービーの舞台に舞い上がったのか、早仕掛けになってしまった道営コンビは4コーナーで先頭に立つも直線で脱落。一方のアンカツは慌てず動じず。直線半ばで抜け出し、レコードのおまけ付きでダービージョッキーに輝いた。

「アンカツさんが常に口にしていた『勝つためには、勝とうと思わない』という言葉。そのひとつの完成型のようでした」(亀谷氏)



●2位 2008年・天皇賞・秋(GI) ダイワスカーレット(2着)

「これは本人にとってワーストに近いレース」

亀谷氏はそう指摘するが、ゴール前のウオッカとの攻防は、敗れてなおインパクトが大きかった。

同世代の最強牝馬2頭による約10ヵ月ぶりのリマッチ。対戦成績ではダイワスカーレットが3勝1敗とリードも、ウオッカは前年のダービー、この年の安田記念と牡馬(ぼば)相手にGIを2勝と絶好調。一方のダイワスカーレットは半年以上の休み明けという対照的な状況でレースを迎えた。

スタートから一気にトップスピードで先行したのはダイワスカーレット。半ば暴走ともいえるハイペースでラップを刻む。直線で後続が押し寄せたときにはあっさり沈むかに見えたが、そこから驚異の粘りでウオッカと鼻面を並べてのゴールとなった。

ダイワか、ウオッカか。長い長い写真判定はウオッカに軍配。しかし、一番強い競馬をしたのはダイワスカーレットだったということに異論はないはずだ。

●1位 1995年・報知杯4歳牝馬特別(GII) ライデンリーダー(1着)

地方と中央の「交流元年」、笠松から牝馬クラシック制覇を目指したのが、アンカツが手綱を取るライデンリーダーだった。

地方で10戦無敗とはいえ、芝での実力は半信半疑。実際、道中もやや追走に手間取るところも見せ、直線に向いてもまだ後方だった。しかし、直線半ば、大外からアンカツの鞭に応えて四肢をマンガのごとく素早く回転させ、ライデンリーダーがすっ飛んでくる。

「予測を超えた脚に驚かされました。ディープインパクトなら心の準備ができる。でも、この馬がそんな脚を使うとは思っていませんでしたから」(前出・藤田アナ)

あっという間に中央馬を抜き去って3馬身半差の圧勝。

続く桜花賞、オークスではともに1番人気に推されながら4着、13着と、残念ながらライデンリーダーではGIに手が届かなかったが、前出の亀谷氏は語る。

「(報知杯は)その後のアンカツさんの活躍への、ひとつのターニングポイントとなるレースだった」

希代の名ジョッキーの記憶よ、永遠に。ありがとう、アンカツ!

(取材・文/土屋真光)

週プレNEWS

トピックスRSS

ランキング