異例の完売&重版! 『N magazine』を創刊した大学生・島崎賢史郎の“生意気な心意気”

週プレNEWS / 2013年3月4日 1時0分

たったひとりでファッション誌を創刊し、異例の完売&重版を記録した島崎賢史郎の熱すぎる編集魂とは?

なぜ、ジブンがN magazineを始めようと思ったのか。それは、簡単なこと。今の日本のファッション誌に個人的に魅力を感じないから。(略)雑誌ってどうやって売るのか? カメラマンとの繋がりもない。デザインって誰に頼めば良いのか? まず資金が必要だ。学校も行かずに働き、時間があれば色んな人に会った。クリエイションを発信するならどんな形でも伝えたいというかっこいい大人がいれば、金、金、金、金うるさい大人がいて悲しくなった。これが現実ってやつですかと。はじめは、気合いだけで乗り込んでいったけど、いろいろ考えて軸がぶれそうになった。でも、ジブンは前者でありたかった。ばかなのかな(笑)。今こうして入稿に追われていてもワクワクが止まらない。アツイオモイで爆発しそう。(『N magazine』0号、冒頭より引用)

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ジブンと称するひとりの現役大学生が、今、出版業界で大きな注目を集めている。「情熱だけで突っ走って」日本のトップクリエーターを集め、業界を挑発するファッション雑誌を作ってしまったのだ。しかも、雑誌は完売、古本市場では定価の数倍の値がつき、異例の重版が決まった。

カネもコネもない名もなき大学生は、雑誌の夢をいかにして実現したのか? ジブン=編集長、島崎賢史郎(しまざき・けんしろう)のアツイオモイに迫る。

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「今、就職活動の真っ最中なんです。去年はバイトと雑誌作りに明け暮れていて、まったく準備してないからピンチですよ(笑)」

真新しいスーツに身を包んで編集部に現れた青年は、人懐っこい笑顔が印象的だった。

「こういった取材の依頼が増えていて、自分なんかでいいの?って思うけど、正当にアピールできる場だと判断できたら、極力受けるようにしています。本日はよろしくお願いします」

出合い頭(がしら)に聞いてみた。そもそも、なんで雑誌だったのか?

「漠然としたメディアへの憧れがきっかけです。実家がキャンプ場を経営していて、よく撮影で使われるんですよ。子供ながらにその現場で一生懸命に何かを作ろうと働く大人を見て、カッコいいなって。原点はそこですね」

キャンプ場ではテレビの撮影もよくあるという。

「考えたんですよ……テレビでプロデューサー的なことをやろうとしたら、何年かかるんだって。雑誌なら、編集者がいて、クリエーターを集めればできてしまう。バカな考えですけど、手っ取り早いと勘違いしたんです(笑)」

どんな雑誌かわからない。でも、いつかは自分の雑誌を作りたい。空手とトロンボーンに熱中する島﨑少年は、そのときに向けて高校生時分から資金をため始めていた。

「大学に入って、『ADDマガジン』という学生が作るファッションフリーペーパーの新歓コンパに誘われて行ったら、超かわいい先輩がいたんですよ。男子校出身の性(さが)か、楽しみたいという一念でそこに入ったんです。でも、その方はサクラで在籍してなくて(笑)」

不純な動機で身を投じたものの、もともとは興味のなかったファッション、それに関わるビジュアル制作にのめり込んでいった。

「デザイナーやカメラマン、クリエーターの仕事って追求することじゃないですか? 自分は空手をやっていて、型をどれだけ美しく見せられるのかを追求することが好きで。両者は通じる部分があったかもしれません。覚えてないけど、どこかのポイントで意識が変わったんです。自分も一緒になって追求して、表現していきたいと」

ファッションを媒介に、ビジュアルで何かを表現したい。雑誌を作るという夢の輪郭が垣間(かいま)見えた。

「とにかく資金作りのためにバイト漬けの日々でしたね。スターバックス、コンビニの夜勤、夏場は時給600円で実家のキャンプ場に泊まり込みで働きました」

同時に、より専門的な実務を学ぶため、大学2年生の終わり頃、ファッション週刊紙『WWD』にインターンとして潜り込んだ。

「ここでは企画立案だけでなく、モデルやクリエーターのギャラだったり、雑誌を作るための基礎を勉強させてもらいました」

そして、ついに夢が動きだす。バイトでためた資金は200万円に達した。その額は雑誌を作るために必要最低限の額と判断した。

「インターンが終わった大学3年生の5月頃、もう作りたい気持ちがウワァッとこみ上げてきて。ここでやらなきゃいつやるんだと燃えるものがありました」

まず、創刊する雑誌のテーマを構想した。

「集英社でこんなこと言うと怒られますけど、商業的なファッション誌って正直、厳しいじゃないですか? 同じような付録がついたカタログ的な誌面には限界がありますよ。だから、逆にチャンスだと思った。クリエーティブに特化したビジュアル誌なんて採算が合わないから出版社は絶対にやりたがらない。今、僕がやってしまえば注目される可能性があるんじゃないかと考えたんです」

表紙のキャスティングだけは、動きだす前から決めていた。

「水原希子さんにどうしても出てもらいたかった。一般層の支持もあり、かつファッション業界ではトップのモデルです。事務所に企画書を送って、何度も電話して、水原さんのテイストに合った雑誌にしますと訴え続け、2ヵ月くらいたって、企画はOKだけどスケジュールが合わないから厳しいと。それでもお願いして、一週間前に言ってもらえればクリエーターをすべて集めますと頭を下げ、なんとか実現できました」

この水原希子の表紙起用は、雑誌の方向性を決定づける大きな要因にもなった。

「表紙の撮影をHIRO KIMURAさんというカメラマンにお願いしたんです。そこでガツンと言われてしまって。当初、表紙と巻頭を除いては若手クリエーター中心の誌面を想定していたんです。だけど、HIROさんから、ふざけるなと。若手を引っ張りたいならまず、トップの人たちを起用して、魅力ある強い媒体にしなきゃダメだと叱咤(しった)されて」

尊敬するカメラマンの厳しい言葉で火がついた。だったら、本当にスゴイ人たちを集めてやる。トップクリエーターに直当(じかあ)たりする日々が続いた。

「結局、自分は情熱でぶつかることしかできなかったんです。何百枚も企画書を作って送り、何百人に会って、断られても諦めず話をしにいって。ギャラはほとんど出せないけど、志の部分で共感してもらえる方々が絶対にいる。そう信じて、とにかくいろいろな人に会いに行きました。だから、自分で言うのも変ですけど、ここに集ってくれたクリエーターの方々は奇跡なんです」

こうして“N”(Nippon=日本のクリエーターが発信する。Neutral=上下関係なしにフラットな関係でありたい。Namaiki=生意気な心意気で立ち向かう)を冠にした雑誌『N magazine』は昨年12月25日、晴れて書店に並んだ。

■このまま雑誌を作り続けたい。でも……

「友人にご飯をおごって手伝ってもらいましたけど、書店や広告の営業もほぼひとりでやりました。書店は東京で8店舗、大阪で1店舗、Amazonにも配本しました。広告ページは『N magazine』を雑誌っぽく見せるために絶対に必要でした。詳しいことをここでは言えませんが。広告収入は雑誌を続ける上で必要になってくる。そのための布石といったら語弊があるけど、自分なりに知恵を絞って広告を集めました」

出足は鈍かったものの、程なくAmazonで完売。それに呼応するように書店の在庫も消えた。

「本音を言うと、売れた実感はないんです。“学生がひとりで作ったファッション誌”という話題だけがひとり歩きをして。NAVERでまとめられたり、ネットニュースで配信されたり。予想以上の反響にただただ戸惑っていました」

ネットでは一時5000円、定価の5倍で取引された。

「プレミアがついて、雑誌の価値が高まったまま次の号を出すことも考えました。でも、そんな考えは安易ですよね? やっぱり雑誌を見たい、欲しいと思ってくれる人がいるなら、リスクを覚悟の上でも重版するべきじゃないですか。そもそも、見てもらいたくて作ったわけですから」

とにかく慌ただしい日々は現在進行形で続いている。

「このまま雑誌を作って生きていけたら最高なんですけど……そんな甘いものじゃないことはよくわかっています。実際、売り上げは重版分がすべて売れて、やっと制作費とトントンくらいですし」

すぐ目の前には大きな壁もある。

「親から、就職活動は必ずやれと。それは尊重したい。だって、資金をためられたのも、親が家で飯食わせてくれたおかげですから。それに企業に入って、雑巾がけから下積みを味わって、人の下で働くことを覚えないと人間、ダメです」

古いタイプですね、と笑って突っ込むと、少し難しい顔をして言葉を続けた。

「だから、理想は企業で下積みをしながら働いて、資金がたまったら自分の雑誌を出したい。無理は承知の上ですけど、そんな環境がどこかにないですかね?」

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出版に携わる人間として、冒頭の“檄文(げきぶん)”に心がザワつきました。取材の最後に率直な感想を伝えると、あれは勢いで書いたんですよと笑いながらこう答えてくれた。

「自分をジブン、としたのはまだ半人前の編集者だから、という意味を込めました。でも、気持ちの部分では誰にも負けたくないんです。若者の雑誌離れなんてよくいわれますけど、それって出版社の勝手な言い訳じゃないですか? 生意気かもしれませんが、何かを作りたいという気持ち。熱意とかやる気が誌面から溢れ出れば、絶対に雑誌は売れると信じています。0号に続く1号をどんな雑誌にできるのか。アツイオモイがまた爆発しそうです」

(撮影/名越啓介)

●島崎賢史郎(しまざき・けんしろう)



明治大学政治経済学部政治学科3年生。大学2年まで学生団体ADDにて『ADDマガジン』の編集を担当。その後、『WWD japan』『FASHION NEWS』のインターンを経験。昨年12月25日に『N magazine』を創刊。趣味は空手(3段)とトロンボーン

■『N magazine 0号』



発行・発売/島崎出版



定価1,000円(税込)



代官山蔦屋書店、ジュンク堂池袋本店ほか7店舗で販売中。重版分は2月28日より発売。詳細は『N magazine』公式サイト【http://nmagazine-tokyo.com/】まで。次号の発売は編集長いわく、「誕生日が10月なので、ぼんやりとそれくらいに。とにかくまた資金をためないと……」。現在、広告を絶賛募集中



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