橋本治の相変わらず役に立たない話 第12回「色気について」

週プレNEWS / 2013年3月13日 19時30分

こないだ「やっぱ壇蜜はすごいね」と言ったら、そばにいた男Aは「やっぱり!」と言い、同じく男Bは「なんで?」と言った。「なんで?」と言ったのは、「すごいよね」の後に私が「女究極形だもんね」と言ったせいかもしれない。

私はいい年だし、一緒にいたのもいい年の男だから、あんまり若い人には関係ないようなところで「すごいね」と言ってるんですけど、私の言う「すごい」は、いたって単純な「色気がある」ってところですね。

今や「色気」ってもんがよく分かんなくなっちゃってると思いますが、私の言う「色気」というのは譲歩能力のことです。

「色気があるということは譲歩能力があるということだ」と昔書いて、女性の担当編集者から「そうですか?」と疑問を呈されたことがあった。それで私は、「色気を性的魅力というようなものと混同してない?」なんてことを言ったんだけど、普通は混同してるでしょうね。

むずかしい話のようですが、たとえば「壇蜜に迫られたらどうする?」という仮定を考えてみましょう。そういうことを考えると、その仮定そのものがありえないということは分かります。というのは、壇蜜が「迫る女」ではなくて、「一歩引いて待ち受ける女」だからですね。実際はいざ知らず、それが壇蜜のキャラだから。

ヴァラエティ番組に出た彼女は腰を少しひねるようにして座る。そうすると、どちらかの肩が後ろに下がるようになる。これが「来て」の待ち受けポーズですね。「来て」系の女は自分から前に出ない。一歩か半歩下がって、男との間に微妙な距離感を作り出す。それが「来て」と言っているような微妙な隔たりだから、男は思わずその一歩を踏み出してしまう。つまり、「色気」というのは、「相手が思わず一歩踏み出して手を伸ばしたくなってしまうようなもの」で、「さァ、かかって来なさいよ」的なセックスアピールとは違うということですね。

早い話、色気は「引き」です。前に出るような自己主張はしません。離れたところで光っている。だから「あれはなんだ?」と思って近寄りたくなる。離れたところから見ても「あれはなんだ?」と思わせるようなものがあるから、「なにか」はある。「なにか」があるから輝いて見えるし、吸引力もある。しかしそれは自己主張ではない。色気にとって自己主張というのは大敵で、それをすると色気の光が曇って台無しになる。受け応えの基本は、だから「あ、そうなんですか――」と曖昧な相槌を打つことで、つまりは聞き上手ということになる。言い方を変えると「カマトトのブリッ子」ということにもなるが、壇蜜は自分の職業を「エッチなお姉さん」と言っているんだから、カマトトでもブリッ子でもない。非常にクラシカルな「プロの女性」が現代に甦ったようなものだが、昔の女性は性的なことをあからさまに口にはしなかった。そういう性的なタブーがなくなったから、「エッチなお姉さんです」と控え目に言える。しかしぞういうことは控えめに言えることではなくて、このこと自体が形容矛盾みたいなもので、その度胸を持っているのは壇蜜しかいない。度胸があっても露骨な自己主張はない。ぞういう形で女性の状況をグルッと一周させてしまったのが壇蜜だから、これは「究極」で誰もかなわないと思う。

テレビのヴァラエティ番組に壇蜜が出て、何人もの出演者と一緒に黙って座っていても、男の目は自然に壇蜜のほうへ行ってしまう。どうして行ってしまうのかと言えば、彼女の存在そのものが「来て」という吸引の色気を発散させるものだから、当たり前のように視線が行く。そういうものだから仕方がなくて、色気というものはそういうものだ。だから世の中にはちゃんと「色気のある茶碗」とか「色気のある火鉢」というものが存在する。なんのへんてつもないものだが、妙に引きつけられる。重要なのは、受けようと思って積極的にアピールしたって仕方がないということで、色気がないものは色気がないし、色気のあるものは色気がある。

ここ数年かの間に女の自己主張は強くなって、「私は、私は――」光線が飛んで来る。堂々と胸を張って「正面からかかって来なさいよ」系の女が増えて来る。当人達は自信を持っていて、それを否定すると怒られるから、男達の多くはそのままにしているけれども、本音を言えば「迫って来る女」よりも、黙って「来て」ということを表明する女の方にひかれる。それが色気というものだからしょうがない。

自己主張を当然のこととしてしまった女は、前に出るだけで「引き」の力がない。たまにそれを見せると、「わざとらしい」「ブリッ子」という言葉が同性から飛んで来て、うっかりすると「これはいけないことではないか」などと考えてしまうし、自己主張を当然としていた女に「引きの動作」というのはあてはまりにくい。だから、極端なことを言ってしまえば、壇蜜以外の女が「みんなわざとらしい自己主張をしている野蛮な女」に見えかねないところがある。時代はそういう引っくり返り方をしかねないところまで来ちゃったなと、私なんかは思います。

あんまりそういう考え方をしないけれど、「自己主張しない色気」というのは、実は最強の主張で、色気というのはそれだけすごいものなんだ。

●橋本治(はしもと・おさむ)



1948年生まれ、東京都出身。小説・評論・戯曲・古典の現代語訳・エッセイなど縦横無尽に創作活動を展開。主な著作に『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)など。

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