加藤嘉一「日本はサッチャリズムから学ぶべき点が多々あります」

週プレNEWS / 2013年5月13日 15時0分

自由主義経済政策と独立自主外交を推し進めた英サッチャー元首相が亡くなりました。“サッチャリズム”から学ぶべき点は多々あります。

歴史に名を残す人物には何が備わっているのか。それをぼくに教えてくれたのが、4月に亡くなったイギリスの元首相マーガレット・サッチャー氏です。

悲報はアメリカでも中国でも大々的に報道され、一国の元首相の死としては異例の扱いを受けていました。彼女の功罪は枚挙にいとまがありませんが、特に有名なのが1979年に首相になるとすぐに推進した経済政策。アメリカではレーガノミクスが関心を集めていた情勢下において、イギリスはもちろん世界中で影響力を誇り、ついには政治哲学としての地位を確立した通称“サッチャリズム”です。

彼女が歴史に名を刻む人物になり得た理由として、3つのキーワードがあるとぼくは考えます。

ひとつは“賛否両論”の人物だったこと。ある人は、「彼女ほど『愛情』と『憎しみ』という対極にある感情を同時に引き起こさせる政治家はいない」と語っています。実際にハーバード大学の学生たちに聞いてみても、彼女を慕う人間と嫌う人間は真っぷたつに分かれました。

サッチャリズムの核心は規制緩和と国有企業の民営化、税制改革、大きな政府から小さな政府への転換でした。これらはインフレ抑制などの成果を挙げた一方で、多くの失業者を生み経済格差が広がるという副作用を起こしました。比較的貧しい北部を中心に、彼女を嫌う国民は今でもたくさんいます。

彼女の人間性や政治姿勢をよく表しているのが、徹底した反共主義でありながら香港の中国への全面返還を決めた際のエピソードです。彼女は「共産中国に明日はない」と固く信じ、英国流に民主化された香港を全面返還することで、中国に法治主義の重要性を伝えたかったのです。

ヨーロッパ統合から意図的に距離を置き、独自の路線を歩んだ判断も見逃してはなりません。グローバル化の時代を目前にして、欧州各国がアメリカと比肩するために連帯しようというなか、彼女はイギリスの戦略という立場からあえてヨーロッパ統合と距離をとった。独立自主の外交姿勢を感じさせました。




ふたつ目のキーワードは“時代背景”。彼女の任期だった1979年から1990年には、国際社会に大きな変化がありました。中国はアメリカと国交を正常化するなど改革開放路線にシフトし、ソ連はアフガン侵攻が泥沼化し、冷戦はピークを越え終息に向かった。現代史がダイナミックに動いた時代に、彼女はイギリスの顔として内外に存在感を示した。あの時代でなければ、彼女があれほど光り輝き、歴史に名を残すこともなかったでしょう。

3つ目は、独特の“キャラクター”です。彼女は物事を分断する天才でした。国家も国際社会も世論も容赦なく分断し、新しいものを構築していく。他人に批判されようと、気に留めることなく自らの道を歩む。だから彼女は“鉄の女”と呼ばれたのです。女性という立場でありながら政治家として大成した背景には、この空気を読もうとしない強さがあったのだと思います。

これら3つの理由が合わさって、サッチャリズムは時代の潮流となり、政治哲学の域まで高められたのです。彼女の施策は常に論争を呼びましたが、結果を見れば節目ごとに成果を残してきた。大きな歴史の流れを見れば、イギリスを長期的に繁栄させるための“必要条件”だったのではないでしょうか。

ヨーロッパとアジアの違いこそあれ、イギリスと日本には大陸の端に位置する海洋国家で、アメリカが最も重視する同盟国という共通点がある。主権国家としてどう立ち振る舞うべきか、日本はサッチャリズムから学ぶべき点があるはずです。敵をつくらず、痛みを伴わずして物事を変えられるというなら、その理由を逆に教えて!!

今週のひと言




物事を分断し賛否を呼んだからこそ、




“鉄の女”は歴史に名を残しました!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)




日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。本連載をもとに書き下ろしを加えて再構成した最新刊『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)が大好評発売中!

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