歴史小説家・関裕二氏が考察!「吉備団子とは、領地のことに違いない」

週プレNEWS / 2013年5月14日 6時0分

内陸まで海だった吉備の国。鬼ノ城から見える丘は、かつては島だった

ドンブラコと流れてきた桃から生まれた桃太郎は、お腰につけた吉備団子をやって犬と猿とキジをお供に鬼ヶ島に鬼退治に向かう……。このあまりに有名な昔話の背景に、実は、大和朝廷から遣わされた武将による壮絶な「温羅(うら、=鬼)征伐」の言い伝えが隠されていた? 江戸時代にさまざまな伝承をつないでできた昔話「桃太郎」に隠された意味を読み解くべく、歴史作家の関裕二氏に話を聞いた。









■岡山・吉備路は歴史ロマンの宝庫

「桃太郎には、実は暗喩が多く隠されています。まず、鬼のモデルとなった温羅は、百済(くだら)から来た王子だと考えられます。確かに吉備津彦命(きびつひこのみこと)伝説の舞台となる弥生時代の日本には、朝鮮半島からの来訪者が頻繁にありました」

当時、朝鮮半島では青銅器文明が発展し、製鉄のための燃料となる木が不足するほどだったという。

「日本の森林資源は『浮く宝』と呼ばれ知られており、それを求めて百済や新羅(しらぎ)から製鉄技術を持った集団が訪れていたようです」

古今和歌集で吉備は「真金(まがね)吹く」と歌われているが、真金とは鉄のことであり、鉄の産地であったことをうかがい知ることができる。

さらに、関氏は昔話「桃太郎」でキーとなる「吉備団子」について、「実は領地のことだったのではないか」と考察する。というのも現在の岡山の平野部は江戸時代から近代にかけて干拓されたもので、吉備津彦命の時代には海岸線は内陸まで迫っており、小高い丘などは島だったとされる。

「吉備津彦命は美しい海に浮かぶ島々を団子に見立て、領地の見返りに“猿・犬・キジ”に、温羅征伐を要請したのではないだろうか」

鬼が温羅であったように、家来にもそれぞれ元となった人物がいたとされる。猿は楽楽森彦(ささもりひこ)という、吉備で温羅とともに鉄を作っていたといわれる豪族で、朝廷の謀略の末、温羅を裏切り朝廷側に寝返ったという説がある。犬は、吉備津彦命とともに温羅征伐にやって来た犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)とされる。ちなみに、五・一五事件で暗殺された総理大臣・犬養毅(つよし)は、その子孫ともいわれている。キジは、鳥取部(ととりべ)という弓を用いる軍事集団の長・留玉臣(とめたまおみ)とされる。彼らが“吉備団子”を与えられ、温羅征伐に加わったとしても不思議ではない。




朝廷が温羅を討ち、手に入れた吉備という地がいかに重要だったかを示す歴史はほかにもある。5世紀後半、吉備で大きな影響力を誇ったのは物部(もののべ)系との仮説をもとに、関氏が次のように話す。

「6世紀後半の蘇我(そが)氏と物部氏の争いは仏教戦争ともいわれるが、その実は土地戦争だったのではないか。中央集権のため律令制度を進める蘇我氏は、物部氏が統治する吉備の土地が必要だった」

大和朝廷からは遠い吉備が、なぜ覇権争いの舞台となったのか?

「瀬戸内海は当時の『ハイウエー』。島の多い地形の激しい潮流を利用すれば楽に船を運行できる、効率の良い流通ルートでした。そして吉備は物流の中心となる港町として繁栄し、吉備を制する者が日本を制するとさえいわれた。季節風で荒れる日本海と違い、一年を通して運行可能な瀬戸内海は海賊たちの巣窟であり、豪族たちの勢力争いの場となった。都を追われた平家が壇ノ浦で踏みとどまろうと最終合戦を決意したのも、この瀬戸内海が経済的に最重要地点だったから。権力争いの連続だった瀬戸内海の歴史は、そのまま日本の歴史にも大きく絡むと言っても過言ではないでしょう」

鉄の産地であり、地政学的にも要衝だった吉備。そう考えると、桃太郎伝説にも別の側面が見えてくる。それはつまり、桃太郎という勧善懲悪の昔話ではなく、なんとしても吉備を手に入れたかった朝廷が温羅を征伐しにかかり、その結果、敗れた温羅は悪者扱いされ、鬼として描かれたのではないか。

日本書記の編纂(へんさん)で朝廷により意図的に外された吉備の国には、伝説ではない歴史ロマンがあるのだ。

(取材・文/明知真理子)

●関裕二(せき・ゆうじ)




1959年生まれ、千葉県柏市出身。大胆な推理と鋭い洞察で人気を集める歴史作家。日本の古代史に関する著書を多数執筆している

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