任天堂“宮本イズム”伝承者たちが語る「ファミコン黄金時代という高い壁、そして新たな黄金時代のつくり方」

週プレNEWS / 2014年1月8日 6時0分

ファミコン全盛期の人気タイトルを全16本も収録したWii Uの最新ソフト『ファミコンリミックス』を開発した林田宏一氏(左)と鈴井匡伸(右)

ファミコン30周年を迎えた2013年、任天堂が記念イヤーの締めくくりにリリースしたのがWii Uのダウンロードソフト『ファミコンリミックス』だ。

これは『ドンキーコング』や『ゼルダの伝説』『スーパーマリオブラザーズ』といった、1983年から86年、つまり“ファミコン黄金時代”(初期)の大ヒット作16本の名シーンや、それらに現代風のスパイスを加えたものを200ステージ以上(!)遊べるソフトだ。開発者はアラフォーの、まさにファミコン世代のふたり、任天堂東京制作部の林田宏一氏と、ゲームクリエイター集団「インディーズゼロ」を率いる鈴井匡伸氏。

彼らに、宮本茂氏(現・任天堂 専務取締役情報開発本部長)をはじめとするファミコン創設者たちのスゴさ、言い換えればその“高すぎる壁”について、さらに、かつてのファミコン黄金時代は過ぎ去り多様化していくゲーム市場でどう生き残りをかけるかについて、率直に聞いてみた。

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■いつか“宮本超え!”とか思いますか?

―まず『ファミコンリミックス』の開発経緯を教えてください!

林田宏一(以下、林田) 僕は小学生の頃から秋葉原でゲームのプログラミングをしているような子供だったので、当時のゲームの面白さを今のユーザーに伝えられるものをいつか作りたいと思っていたんです。だから今回のパートナーも、学生時代に宮本のセミナーを一緒に受けた同志である鈴井さんしかいないと思いまして。

鈴井匡伸(以下、鈴井) 林田さんからお話をいただいたとき一気に妄想が広がりました。『スーパーマリオ』の無限1UPはテッパンで入れたし、『ドンキーコング』の世界に(『ゼルダの伝説』の)リンクを登場させる反則ネタも入れたし!

―今回のソフト開発で、ファミコンの面白さを再認識したんじゃないでしょうか?

林田 そうですね。『ファミコンリミックス』では、例えばファミコンゲームの面白さの代名詞であるジャンプの操作感の進化を体験できます。一定の高さと距離しか飛べない『ドンキーコング』から、助走距離でジャンプの飛距離が変わる『マリオブラザーズ』『アイスクライマー』になって、さらにジャンプ中に飛ぶ方向を変えられるようになった『スーパーマリオ』と〝物理的な現実〟を離れて、遊び手としてこうあってほしいという動きに進化しているんですね。そういうゲームの歴史を感じながら遊べるのは、このソフトならではと思います。また、オープニング画面にドット絵をにぎやかに跳ねさせたり、タイトルを年代順に並べたり、ゲーム画面をブラウン管っぽく表示させたりと、ノスタルジック感満載なところも注目していただきたいですね。

鈴井 あと、誰もが遊んだ『スーパーマリオ』も、みんなワープでステージを飛ばしちゃっていたから、1面から8面までの全部はクリアしていなかったりするんですよね。特に7面あたり(笑)。そうしたあまり遊ばれていなかったステージも収録したので、懐かしさだけでなく新鮮さも味わっていただけると思います。

―同時に、宮本さんをはじめ過去のファミコン開発者たちの偉大さを、同じ作り手として、あらためて感じたんじゃないかなと。

林田 はい。実は僕、常に“宮本語録”(雑誌記事などでの宮本氏の発言を林田さん自ら抜粋したファイル)を机上に置いているんです。ゲーム開発は100人ものスタッフと数年間力を合わせて進める地道な積み上げ作業。疲れたときや気持ちを切り替えたいとき、語録を見ると「常に考え続ける」なんて当たり前の言葉が妙に染みるんです。

鈴井 やはり宮本さんは、ゲームを良くするために誰よりも深く考えてる人。ついこの前までお手伝いさせていただいた『ニンテンドー3DSガイド ルーヴル美術館』(2013年)のときもこだわりがハンパなくて。館内フロアマップの階層表現で、フロアのつながりを直感的に伝えるために階段のグレーの色調を段階的に細かく変えるという表現だけでも何度も提案していただき、京都からうちの開発スタジオまで来ていただいて最終調整して。

林田 とにかく納得するまで手を抜かない。出来上がって発売を待つだけだったゲームを、発売延期してでも作り直したりしますからね。

鈴井 宮本さんの“ちゃぶ台返し”ですね。噂には聞いてます! 今回の『ファミコンリミックス』では幸いなかったですが(笑)。

林田 あと、視野が広い。『ルーヴルガイド』も趣味の美術館巡りがキッカケですし、庭いじりの趣味が高じて『ピクミン』、犬を飼い始めたら『Nintendogs』、体質改善を始めてから『Wii Fit』と作っていって。趣味を仕事に変えるのは宮本の得意技ですね。

―でも、「いつかは〝宮本超え!?」とか思いますか?

鈴井 とても超えられません。宮本さんと僕では、才能もご縁も違いすぎる。ただ、ゲーム開発への情熱と機動力は宮本さんと同じように僕にもある。だから僕も60代になっても今と同じ熱意で仕事をしていたいとは思います。

林田 僕は今まさに宮本の近くで仕事をしているので、宮本のゲーム作りの考え方を最大限に吸収して分析していきたい。そこに、僕たちらしい新しさも提示していきたいです。

■ソーシャルゲーム全盛をどう思います?

少年時代に宮本氏が作ったゲームと出会って人生を定め、現在は現場の最前線で“宮本イズム”を伝承する立場にある林田氏と鈴井氏。しかし、現在の任天堂、現在のゲーム界の状況は“ファミコン黄金時代”とは大きく異なる。

まず、Wii Uの売り上げが低迷中だ。全世界で1億台以上を売ったWiiの後継機として12年12月に発売され、発売週で31万台(国内)を売り上げたのだが、その後は伸び悩み、13年9月時点で391万台(全世界)にとどまっている。それも影響し、今年の任天堂は2期連続の赤字の見通し。もっとも、この年末には『スーパーマリオ3Dワールド』が発売され、さらに来年には『マリオカート8』や『スマブラ』最新作など大作が控えているので、来期に大きく巻き返してくることは間違いないといわれているが。

とはいえ、ゲームをめぐる環境が激変中なのは事実。例えばスマホ向けソーシャルゲームの優勢はまだ続きそうだ。大手ゲームメーカーも、この開発に次々と参入している。一方で任天堂はこのブームからは距離をおくが……。

こうした状況に、宮本イズムの伝承者たちはどう向き合っているのだろうか。

―正直、ソーシャルゲーム全盛の現状をどう思いますか?

林田 話題作はもちろん試しますが、自分がブレてはいけないと思います。任天堂はハードメーカーなので、新しいハードを作ったらその機能を真っ先に使えるのが強み。つまり、いち早く新しい遊びを作り出せるわけです。「この機能をどう使って面白い遊びを生み出すか?」を考えるのが僕の使命だと思っていますから。

鈴井 悔しいですが、『パズドラ』は面白いですよ。近年のスマホ向けゲームは、すきま時間に遊びやすいルール作りや、ゲーム内容が複雑にならない設計をしていると思うんですが、僕らが作っている家庭用ゲームは、それとは真逆。ある物語を進めたり目的を達成していくなかで、いろいろな“極められる要素”を多く含んだゲームを作りたい。任天堂さんの作るゲームには特にその傾向が強く、だから繰り返し長く深く遊べると思うんですよ。

―では、今後はどんなゲームを作っていきたいですか?

林田 僕が作ってきた3Dのマリオは、遊べば遊ぶほど上達し、「指に経験値がたまる」ものでした。最初は失敗して悔しいんだけど、経験値がたまることによってカッコいいアクションができるようになる。こんなの絶対無理という場面はなくて、何度か挑戦すればどうにかなるんじゃないかっていう難易度設定―実はそこが一番難しいんですが、マリオじゃなく「自分自身が上達してる感じ」が楽しい、そう思ってもらえるゲームを作りたいです。

あと、僕はゲームが好きすぎる分、宮本のような広い視野がないのですが、「かつて任天堂が作ったけど、その後発展しなかったもの」のなかから、今、調理し直したら意外とイケそうなものを見つけ出して、今回の『ファミコンリミックス』のように世に問うていくこともしてみたい。

―「バーチャルボーイ」(ゴーグル型ディスプレイで立体画面のゲームを楽しむという、95年としてはあまりに早すぎてあまり売れなかったマシン)とか(笑)?

林田 ああ、「バーチャルボーイ」は僕、大ファンでしたよ! ある意味、僕が作った『スーパーマリオ3Dランド』は、今の世の中に「バーチャルボーイ」の立体感の面白さを伝えられたかなって思っています。だから、「今の技術に、昔作られた遊びのアイデアを組み合わせたらこう遊べる?」みたいなことを考えるのが好きなんですよ。

鈴井 僕はやはり「勝った!」とか「楽しい!」といった“直接的な感情”だけでなく、遊んでくれる皆さんの日常生活や成長過程に少しでも良い影響を与えるゲームを作りたい。僕らが作ったゲームが、子供たちが物作りに興味を持つキッカケになったとしたら最高です。それこそ僕は、ファミコンとの出会いがキッカケで開発者になりましたから!

■任天堂東京制作部 林田宏一




1969年生まれ、東京都出身。ゲームキューブ『マリオサンシャイン』、Wii『マリオギャラクシー2』、Wii U『スーパーマリオ3Dワールド』などの3Dマリオ作を手がけ、『ファミコンリミックス』ではディレクターを担当

■インディーズゼロ代表取締役 鈴井匡伸




1973年生まれ、愛知県出身。任天堂の電通ゲームセミナーやバンダイナムコゲームスを経て、97年に有限会社インディーズゼロ設立。主に任天堂やバンダイナムコゲームス、スクウェア・エニックスなどのゲームの開発を手がける

(取材・文/河合桃子 撮影/村上庄吾)




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