末期がんで「余命1年半」を告白したドクター中松が本誌に「遺言」!

週プレNEWS / 2014年7月12日 6時0分

名誉ドクターとなったウォルト・ディズニー小児がん病院の白衣を着て“遺言”を残したドクター中松氏

先月26日に末期がんで余命1年半を告白したドクター中松氏。今回のインタビューを「遺言」と称す中松氏だが、「現代医学の余命をぶち破って発明する」と、その意欲は衰えることがないようだ。

■144歳までの人生設計が狂ってしまった

――86歳の誕生日(6月26日)に「前立腺導管がん」で余命が来年末までだと宣告されたことを公表されました。なぜ、この時期に?

中松 4月30日に作家の渡辺淳一さんが私と同じ前立腺がんで亡くなっていたことが、(昨年10月の)誕生会の映像とともに報じられました。私はこれを見て「死ぬ前の誕生会で自分ががんであることを告知し、死ぬまで世のため人のために生きることを伝えよう」と思ったんです。

――余命宣告を受けたのは昨年12月。今年3月の都知事選立候補時には公表しませんでしたが。

中松 何人もの専門医、がん治療の権威といわれる医師を訪ね歩き、放射線治療で余命は5年に延びる可能性があるとも言われました。決して無責任に立候補したわけではありません。私が好きでもない選挙に立候補し続けたのは、スイスで終戦交渉を行なった藤村義朗海軍中佐から「日本のリーダーになって日本を復活させてくれ」との遺言を託されたからです。だから都知事選の最終日も、大雪でほかの候補者が街頭演説を取りやめるなか、渋谷ハチ公前で最後まで演説をしたんです。

――ドクターの持論は「人間は144歳まで生きられる」でしたね。

中松 そうです。2005年にハーバード大学で受賞したイグノーベル賞栄養学賞の論文にも書きました(注1)。だから自分がこういう状態になるのは非常に意外で大変なショックでした。144歳までの人生設計が狂ってしまった。

――あと58年生きる予定だった。

中松 そう。やることはたくさんあった。でも寿命が手前にきちゃったから、やりたかった何百項目を重要な5項目に圧縮しました。

注1:1991年に創設された「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して贈られる賞。授賞式はハーバード大学で行なわれる

――5大目標とはなんですか?

中松 「がん撲滅運動と新治療法の発明をする」「福島原発事故による放射能問題を解決する発明をする」「ビッグデータ時代における問題点『大ストレージとリトリーバルの発明』をする」「次世代乗り物の発明をする」「後世への発明法の伝授と発信をする」です。

――普段はプラダやヴェルサーチの服を着るおしゃれなドクターが、今日はなぜ白衣なんですか?

中松 私ががんを公表する前、まったくの偶然なんですが、全米小児がん撲滅協会から「名誉会長になってくれ」と依頼がありました。これを受諾したところ、協会が提携するフロリダのウォルト・ディズニー小児がん病院に招かれて名誉ドクターに就任しました。これはその病院の制服です。ネクタイもミッキー(注2)。

――発明法のノウハウはどうやって後世に伝えるのでしょうか?

中松 これまでは東大やコロンビア大など国内外の大学で行なってきましたが、今度は一般の人たちを対象に伝授します。実は今、「ドクター・中松総理を待望する会」ができ、すでに会員が200万人集まっています(注3)。7月から開校の「ドクター・中松未来創造大学」で会員に伝授します。18歳以上の全人口の51%が会に入れば、日本に革命が起こりますよ。

■発明が成功すればドクター中松は復活します

――現在の体調はいかがですか?

中松 体はもうメタメタの状態。私がかかっている導管がんは100人に1人の難病で、治療法が確立されていません。東大の医師からは「がんの治療で(体が弱って)創造できなくなっては、元も子もないのでは?」と寿命と創造性について、私の存在の根源からご心配いただきました。だから私は自分自身の発明力で新しい治療法を考える。寿命が先か、発明が先かの挑戦。導管がんを駆逐(くちく)する治療ロボット「キャンサーバスター」を発明します。

――次世代乗り物の発明とは?

中松 飛行機、自動車、自転車の3種類で新しい発明をします。私は1950年にヘリと飛行機を融合させたオスプレイの発明をしているんです。

注2:YouTube映像で、ディズニー病院で歓迎を受けるドクターの姿を拝めるぞ!【http://www.youtube.com/watch?v=_BcElufduZI】

注3:ドクター・中松総理を待望する会【http://nakamatsusouri.org】

――え! オスプレイ!?(注4)

中松 ベル・エアクラフトの社長を呼んで、設計してライセンスをしました。今のオスプレイはまだ事故が起きる欠陥があるから、もっと優れたスーパーオスプレイを発明します。自動車については、私は燃料電池の国際的な基本特許をカナダの会社にライセンスしています。しかし、燃料電池も旧式で、水素スタンドのような社会的インフラが必要になる。だから燃料電池の先を行く「ナカー(NAKAR)」を発明します。

――中松の「NAKA」と車の「CAR」の融合ですか!

中松 ネーミングも発明です。私が発明した灯油ポンプも、もともとは「醤油チュルチュル」という名前です。最近発明した薬用育毛剤は「増加しと毛(まかしとけ)」です。

――ドクターの発明には必ずユーモアが入っていますよね。

中松 ハーバードのイグノーベル賞とスウェーデンのノーベル賞の違いは何か。それは面白さです。ノーベル賞はつまらないでしょう? ほかの人がわからないからあげているようなものです。科学は面白くないといけない。

――ドクターは「日本維新の会」を政党の「日本維新の会」より先に商標登録出願されています。

中松 「がんばれニッポン」も日本オリンピック委員会(JOC)の前に商標登録しました(注5)。発明と商標、意匠は、全部知的財産なんです。「日本維新の会」については向こうもご存じでしょうから、紳士的に対応してくれると思います。私のほうは紳士的に、これをやれとか謝れとかは言いません。

――人生で一番の発明は?

中松 私はエジソンよりも多い3500以上の発明をしています。よく聞かれる質問ですが、私はいつも逆に聞くんです。「あなたにはお子さんがいますか?」と。

――どういうことですか?

中松 全部が一番の発明です。

注4:この件は、本誌も未確認である

注5:商標を持っていたのは事実。しかしその後、特許庁により登録を取り消された。中松氏は特許庁の審決取消を求める裁判を起こしたが、05年4月12日、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)が中松氏の上告を受理しない決定。これにより特許庁の判断 を相当とした高裁判決が確定

――今の日本に言いたいことは?

中松 今の日本はロークオリティ。それをハイクオリティにしたい。長者番付はあるけど、知的番付がない。資本主義を知本主義に、民主主義を賢主主義に変えるべきです。日本の政治家の顔を見てください。知的な人は誰もいない。ロークオリティの政治だから国際的にも競争できない。

――ドクターは選挙に11回立候補して一度も当選していません。周囲から「変わり者だ」と言われてきたのではないでしょうか?

中松 私はほかの人が何を言おうといちいち気にしない。余裕がない人はユーモアもない。最高のインテリジェンスには、面白さが入っていなければなりません。中途半端なインテリジェンスはつまらない。

――突き抜けろ、と。

中松 そうです。ハイクオリティな日本が実現すれば、日本は面白い国になります。

――人生最後のひと言は、どんな言葉になるんでしょうか?

中松 それは来年末になったら考えます。発明が間に合って寿命が延びたと言うのか、それとも黙って死ぬのか。どっちかですよ。

――今回の記事のタイトルは「遺言」にしてもいいでしょうか?

中松 いいですよ。来年末に私が死ねば遺言になります。これから僕がやることは、現代医学の余命をぶち破って発明することです。

――発明は運命を変えられる?

中松 そうです。発明が成功すれば、ドクター中松は復活します!

■ドクター中松(どくたーなかまつ)




本名:中松義郎。1928年6月26日生まれ、東京都出身。発明家、実業家

(取材・文/畠山理仁 撮影/本田雄士)

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