加藤嘉一「次のステージはワシントンD.C.。米政界の最前線で戦ってきます!」

週プレNEWS / 2014年8月25日 11時0分

学問の中心から政治の中心へ。ぼくにとって、この秋は大きな挑戦の始まりです。自分はどこまで戦えるのか。しっかりと目標を持って、全力でぶつかってきます。

前回に引き続き、ハーバード大学での2年間を振り返ります。超強力な権威主義にはね返されるなど、渡米前に抱いていた幻想を打ち砕かれた部分もありましたが、収穫があったのもまた事実です。

まずは「多様性」。ハーバードには世界中から優秀な頭脳が集まり、著名な学者や政財界の人間も連日訪れる。ここからメッセージを発することができれば、世界中のエリートに届く。ぼくは思うような成果を挙げられませんでしたが、知的発信地としてのハーバードの影響力とすごみを近距離で実感できました。

日本人留学生との交流も忘れることはできません。特に、各省庁から来ている若き官僚たちと毎晩のように語り合い、未来へつながる真の人脈を築けたのは大きな収穫です。もちろん中国人留学生たちとの交流も、ぼくのライフワークである中国の政治改革や民主化に関する研究を進める上で大いに刺激的でした。

この2年間でぼく自身に起きた変化といえば、ボーっとすることを覚えたことです。アメリカに来るまで、ぼくは日本でも中国でも、無謀なまでに全力疾走してきました。寝る間を惜しみ、あらゆることを吸収しようと躍起になり、それと並行して矢継ぎ早に発信をする。今思えば、マラソンをスタートから全速力で走っているようなものでした。

しかし、ハーバードでは基本的に、朝7時半に出勤し、夕方4時半に帰宅という生活で、自由な時間と空間も享受できた。オンとオフを明確に切り替えるアメリカ人のスマートさには感銘さえ受けました。

家でご飯を作り、食器を洗い、散歩をする。かつては時間のムダと切り捨てていた「生活(ライフ)」に対して、今では平常心で取り組めるようになりました。前回も書いた自分の“無用性”、すなわち自分という存在の小ささを能動的に認められたからだと思っています。

さて、2年間過ごしたボストンを離れ、この秋からぼくが拠点とするのはアメリカの首都、ワシントンD.C.です。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院の客員研究員として、日米中3ヵ国の関係――特に日米同盟が中国の台頭にどう対応していくのかについて研究、分析、発信をしていきます。

ハーバードが学問の中心地、理論構築のトップ・オブ・トップであるのに対し、ワシントンD.C.はホワイトハウスや合衆国議会議事堂、シンクタンク、各国大使館などの最重要拠点が集まる米政界の中枢。あらゆる曲者がそろう実務の最前線です。以前から一度はこの場所で仕事をしたいと思っていました。

アメリカのインテリジェンスネットワークにどこまで迫り、食い込めるか。米政界のキーパーソンたちにどうアプローチし、どう情報を取り込んで発信していくのか。負け惜しみととられるかもしれませんが、発信を抑えて、静かに力を充電し、インプットに集中してきたハーバードでの2年間の蓄積と鬱憤(うっぷん)をぶつけてくるつもりです。

この2年間、アメリカで初めて暮らし、日本のよさもアメリカのよさもそれなりに実感してきました。日本人のいいところは礼儀やマナー、準備を周到にすること。一方、アメリカ人のいいところはムダなことをせず、すぐに本題に入ること。優先順位を明確にし、ダラダラ取り組まないこと。ワシントンD.C.ではこうした学びをも実務に生かすべく、汗を流したいと思います。

最低限の目標は、アメリカの国策、特に対東アジア政策にコミットメントすること。日中米の枠組みでコミュニケーションを促し、東アジアの平和と繁栄につながるような仕事をしなければいけない。ぼく個人にとっても、今後の人生を左右する期間になることでしょう。“先の見えない勝負”以上に自分を成長させるものがあるというなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)




日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員。『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(集英社)など著書多数。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!




http://katoyoshikazu.com/china-study-group/

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