もう爆発寸前…“日本からの独立”を沖縄のウチナーンチュは本気で考え始めている!

週プレNEWS / 2014年8月27日 6時0分

辺野古移設問題に揺れる沖縄。先日、ついに新基地建設のためのボーリング調査を防衛施設局が強引に開始。11月の沖縄県知事選に向け、最大の争点で緊張感が高まっており、水面下では早くも熾烈な駆け引きが繰り広げられている。

そんななか、現地で取材を進めていると「今や沖縄では『本土からの独立』を主張する人たちもいる」との話が聞こえてきた。その背景に「本土と沖縄では、想像できないほど深刻な意識のズレがある」というのだ。

昨年設立された「琉球民族独立総合研究学会」、通称“琉球独立学会”の発起人のひとりで、ここ数年、沖縄論壇の若きオピニオンリーダーとして注目されている琉球大学大学院の親川志奈子(おやかわしなこ)さんはこう説明する。

「いつまでたっても日本人は変わらないし、日本は沖縄を救ってくれないということを、ここ数年で沖縄人が自覚しはじめたのだと思います……」

目の前にいる彼女の意識は、すでに日本人ではなく「沖縄人」なのだ。

「1996年に普天間基地の返還が決まった当時、私はまだ高校生で、すごいことになると喜んだのを覚えています。でも現実には何も変わらなかった。その後、民主党政権になって、当時の鳩山首相が『県外移設』を打ち出したときも、結局、すぐに撤回することになって、それもいつの間にか『仕方ないコト』にされてしまった……。

知念ウシという人の『シランフーナーの暴力』という本があります。シランフーナーというのは『知らないフリ』という意味で、日本人は日米安保を守るために、その犠牲や過剰な負担をずっと沖縄に背負わせ続けてきた。日米関係維持とか、安全保障とか、その時々の理屈をつけては、見て見ぬフリを決め込んできた。そうした現状は日本という宗主国による植民地支配としか言いようがないと思います」(親川さん)確かに、民主党政権で鳩山首相が普天間基地の「県外移設」を打ち出したとき、本土ではどこも「沖縄の負担をわれわれが分担しましょう」とは言い出さなかったが……。

また昨年末、普天間基地の辺野古移設反対という方針を突如として翻(ひるがえ)し、辺野古沖の埋め立を承認した仲井眞知事についても、親川さんは

「確かに仲井眞知事に裏切られて頭にきているけれど、ウチナーンチュは彼が無理やり東京に拉致されてマブイ(魂)を落として帰ってきたとも感じている。金と権力でウチナーンチュをねじ伏せた日本政府を批判すべきだが、ここぞとばかりに仲井眞を批判する日本人を見ると、ちょっと違うと思う」

彼女は、独自の文化と歴史を持つ沖縄を「日本に支配され、在日米軍基地の74%という過大な負担を押しつけられて不当な差別を受けてきた植民地」だととらえている。

「沖縄のメディアも何年か前までは『まるで差別』とか『植民地のような』とか、マイルドな表現を使っていたけれど、最近はハッキリと『差別』や『植民地支配』という言葉を使うようになってきました。沖縄の政治的地位を変えたほうがいいと考えるウチナーンチュも少しずつ増えています」(親川さん)

ちなみに、彼女が所属する琉球独立学会は政治的な団体ではなく、研究のための学会なのだが、すでに大学の研究者など250人を超える会員が参加。世界各国の他地域における分離独立例を参考にしながら、沖縄がこうした植民地支配から脱する具体的な方法について研究しているという。

このように「日本」と「沖縄」との間の深い溝を指摘するのは、親川さんたちだけではない。「ライフスタイルという点でいえば、この10年で沖縄の本土化は急速に進んでいます。ただ、沖縄と『日本』の距離は近づいたように見えて、溝は以前より深まっています」

そう語るのは、地元の出版社で長年、編集者やコラムニストとして活躍してきた新城和博さんだ。

新城さんの新刊『ぼくの沖縄<復帰後>史』(ボーダー新書)によると、復帰前の1970年から、ほぼ10年ごとにNHKが行なってきた沖縄県民に対する世論調査の2012年版で「本土の人は、沖縄の人の気持ちを理解していると思うか」という質問に対して「理解していない(あまり+まったく)」という回答が7割を超え、2002年時の調査に比べて大幅に増加している。

彼はそれを「1995年に決まったはずの普天間飛行場の閉鎖・撤去が、いつの間にか沖縄県内への代替基地建設問題にすり替わり、その後も膠着(こうちゃく)状態が続いていることへのいらだちや怒り」だととらえ、「四十数年前、沖縄の多くの人が描いた、本土と対等な立場での復帰に対する思いは、吹き飛ばされてしまった」と分析している。

日本ではドラマや音楽を通じて、沖縄のイメージが「癒やしの島」として定着している。しかし……。

「その一方で心情的な溝は深まったと思う。もちろん、その溝を見ずに暮らすこともできますが、今後、辺野古の問題や沖縄県知事選によって、いやが応にも、溝の深さを意識させられることが増えるかもしれません」(新城さん)

1980年代に沖縄県知事を務めた西銘順治氏は当時、「沖縄人の心とは?」と問われて「ヤマトンチュ(日本人)になりたくて、なりきれない心であろう」と答えたという。しかし、今やそれも、「ヤマトンチュなんかにならなくていい心」に変化しているのかもしれない。

(取材/川喜多研)

■週刊プレイボーイ36号「長年の植民地状態にもはや不満が爆発寸前! 『ヤマト(日本人)』の知らない『日本人独立運動』の現実」より

週プレNEWS

トピックスRSS

ランキング