菅原文太が“連れション”の5分間に語っていた遺言…「俺になんか起きたら読者に伝えておいてよ」

週プレNEWS / 2014年12月8日 14時0分

昨年9月、本誌に掲載されたインタビューには今の俺たちに向けられたメッセージがーー。合掌

11月28日に肝不全で亡くなった菅原文太さん(享年81歳)。実は、昨夏の終わり、本誌では日本映画史に残る名優にインタビューを行なっていた。

取材の主なテーマは「なぜに戦後の男どものヒーローが銀幕を去り、農業に従事するようになったのか」だった。晩年の菅原は、山梨県北杜(ほくと)市でトウガラシやサツマイモの有機栽培を行なっていた。

飾らぬ言葉でそれらの質問に答え、撮影も終了し、取材場所の部屋を出ようとした菅原が手招きして、こう言った。

「連れション、しようや」

菅原はカチャカチャとベルトを外し、トイレの真っ白な壁を見つめながら「どうして百姓になったか、わかってもらえるとうれしいけどな」とつぶやいた。

その30分ほど前、菅原は淡々とその理由を説明していた。

「映画がなんとなく……な。まっ、面白くなくなってきたし。

誤解を招くかもしれんけど、テレビの映像、テレビの枠ってもんはどこかで権力と結びついている。つまり、最近の映画は最終的にはテレビで放映することを前提に作られているから、取り上げる題材や職業に差別が出てくる。権力の規制を踏まえた上で製作されているというのかな。

だからもう、ヤクザ映画は撮れなくなった。(中略)映画なりの自由な発想で作品を作りづらくなったのは確か。そんなこんなの理由で役者でいることに魅力を感じられなくなって。

それでまあ、役者を辞めて何をするにしても過去に自分がやったことしかできんだろうと思ってな。(中略)そういう意味で振り返ってみれば、俺は農家で生まれ育ったからね、土いじりは手伝った経験もあるし、なんとかなるんじゃないか、と。それに百姓はなんといっても第1次産業だろ? 人間の営みを考えた場合、根幹を成す大事な職業じゃないか。だから俺は、土とともに生きる百姓を選んだんだよ」

菅原はでも、ただの“百姓”ではなかった。民間の非営利団体の中心メンバーとして、東日本大震災からの復興に力を注ぎ、また社会問題にも強い関心を示し、沖縄で開催された辺野古の米軍基地建設反対の集会に参加。インタビューでも、こんな発言を口にしていた。

「驚くのは一国の首相がツイッターをやっていることだよ。つぶやくヒマがあったら、もっと万(よろず)の言葉で国民に語りかけるべきだろう。つぶやいて何が国民に伝わるのかなぁ。政治のトップがそんな当たり前のことがわからんようじゃダメだな」

さらに、今のスマホ依存、ネット依存に対しては、次のように「孤独」の大切さを語った。

「(中略)ネットでつながることにより孤独から解放されるとか、自分はひとりじゃないと感じられるのが素晴らしいとか若い連中は思い込んでいるかもしれないけども、それは違うんだって。ネットやスマホでつながっていないと不安で仕方ないと反論されるかもしれんけど、それは違うんだ。

いいんだよ、人間は孤独で。

孤独になることは悪くないし、孤独は素晴らしいことなんだ。たまに不安になることもいいもんだぞ。だいたいな、孤島に1年間ひとりでいろって言っているわけじゃないし(笑)。この煩雑とした社会の中で1日か2日、まあ、1ヵ月くらい孤独でいたって死にはしないよ。

結局な、孤独を愛せたもん勝ちだと思う。孤独でいれば、そのうち道が見えてくるもんだし。常にスマホで指を動かしていると、それが煙幕となって逆に道を見失うことにもなりかねない。あるいは、まやかしの道しか見えてこなくなってくる。それこそスマホを捨てて、孤独になってごらん。しばらくすると、自分の周りにこんなにも道があったんだと気づくはずだから」

こんな言葉を語ったインタビュー後の連れションーー今となってはその5分間が、とてつもなく大きな重みを持つ。

あの5分間は、単なる菅原分太の気まぐれだったのかもしれない。しかし、実は本人の希望でそのときは記事にしなかったやりとりがある。1年前、彼は「俺になんか起きたら読者に伝えておいてよ」と語り、こう言った。

「弾ぁ、まだ残っとる」ーー。

●この続きは、発売中の『週刊プレイボーイ』51号(12月8日発売)にて、お読みいただけます!

(取材/佐々木徹 撮影/熊谷貫)

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