【川奈まり子の実話系怪談コラム】開かずの邸【第六夜】

しらべぇ / 2015年1月7日 17時0分

Photo by halfrain https://www.flickr.com/photos/halfrain/15641533038

開かずの間。禁忌などの理由で、ふだんは開けることを禁じられている部屋のことだが、これが次第に増えてゆく邸が西麻布にあった。

それは白い外壁の瀟洒な住宅で、西麻布の閑静な住宅街の只中に建てられていた。地上3階、地下1階の、緑豊かな庭付き一戸建て。複数ある寝室。広い食堂とリビング。トイレと浴室は2つ以上あり、台所も大きく設備が整っていた。

こういう間取りなのだから、子供のいる家族のために設計されたとみるのが自然だろう。裕福な家庭が幸せに暮らす、立派な邸宅――。実際、昔はそうだったのではないかと思われた。

3階にある寝室のクローゼットには、双子と思われるそっくりな顔立ちをした10歳前後の2人の少女を描いた油彩画がしまいこまれていた。昭和の中頃までは、経済的に余裕のある家庭で家族の肖像画を描かせるのは珍しくもないことだった。

邸は、内装や外観のデザインからも昭和時代に建てられたことが推測でき、私がそこを初めて訪れた14年前でもすでに相応に古びていたのである。

どうしてその邸から一家が去ってしまったのかはわからない。私が行った2000年頃からつい最近まで、そこは撮影用のハウススタジオになっていて、そして、幽霊が出ると噂されていた。

噂の発信元は、撮影でそこに行ったことのあるAV女優や男優、ADや監督などのスタッフだった。

曰く、「3階の浴室で中年男性の首吊り死体を見た」。

曰く、「双子の女の子が家の中を歩きまわっている」。

曰く、「誰もいないはずの地下室で物音がする」。

2000年頃、初めて行ったとき、私はその怪音がするという地下室を私専用の控室としてあてがわれた。

一見して、おかしな部屋だった。邸の他の部屋はどれも、これは夫婦の寝室、これは子供部屋……と見当がついた。そんな中で、ここだけが使い道が不明であり、異質な空気を放っていたのだ。

窓が無い部屋である。よく地下でも天井の近くに明かり取りの窓がついていたりするが、ここにはそれが無く、四方を壁に囲まれている。一方の壁にドアとシャワールームが付いていて、ドアには外からも鍵がかかるようになっていた。

つまり、外から鍵をかけて、中に誰かを閉じ込めることができる部屋なのだ。シャワールームで用を足させて、食事さえ差し入れれば、何日間でも――ひょっとすると何年間でも、人を監禁することが可能だろう。そのことに気づいたときはちょっとゾッとした。

独りで、部屋の中に置かれた唯一の家具であるシングルサイズのベッドに腰掛けて、誰かが呼びにくるのを私は待った。

やがてドアがノックされた。ハイと返事をすると、顔見知りのADの声が廊下側から言った。

「川奈さん、ちょっといいですか?」

ベッドに座ったまま、「どうぞ」と私は答えた。

私のつもりでは、ドアに鍵を掛けていなかった。しかし、ADがドアノブをガチャガチャいわせたので、そんなことをした覚えがないのに内側から鍵が掛かっていることに気がついた。

そのときはそれだけだった。不思議ではあったが、気のせいで済んでしまうような些細な出来事だ。

だが、1年ほど後、次にそこを訪れたときは、地下室を控室にあてられることはなく、室内のシャワールームには「使用不可」の貼り紙がされていた。撮影でその部屋を使った後、シャワールームのドアを開けてみると、床の隅に盛り塩が置かれていた――。

これが第一の開かずの間で、次に閉め切られたのは地下室だった。

2002年の夏、ちょうどお盆の頃だった。その日、邸に到着して間もなく、私と共演することになっていたSという女優が、地下を覗きに行って、真っ青になるほど激怒して戻ってきた。

「地下室に裸の男優が30人ぐらい押し込められていた」

Sは、台本には男たちが大勢登場する場面は無く、よって、監督が私たちを騙して何かよからぬことを企んでいるに違いない、と推理していた。それを聞いて私も怖くなり、急いでマネージャーに電話を掛けて報告し、Sと私のその日の出演を中止にしてもらった。

その後、マネージャーが迎えに来るまでの間、Sと私は2人して監督に抗議して、散々やりこめたのだが――。監督はSから地下室のことで詰問されたとたん、ガタガタ震えだしたのだった。

そしてなぜかバカ正直に、私やSの所属事務所やメーカーに許可を得ているものとは別に(恐らく違法な)猥褻ビデオを撮影しようとしていたことをその場で白状した。

私とSは唖然とした。そんなことが露見したら、この監督はただでは済まない。仕事を干されたりメーカーから違約金を取られるだけではなく、下手したらコワモテ揃いで知られる私やSの所属事務所にシメられた揚句、詐欺で訴えられるだろう。

「でも、俺は本当に誰も呼んでないんだ! それだけは信じてくれ!」

はっきり言って、そんなことはもうどうでもよかった。シメられるか逮捕されるかという瀬戸際なのだから。けれども、監督はそこに頑固にこだわった。

――地下室に裸の男たちが居たかどうかということに。

また、これについては、Sも一歩も譲らなかった。

「絶対ウソ! だって私ドアを開けて見たんだから!」

私は、つまらないことで意地を張り合う2人に呆れながら、Sの方を信じた。

なぜなら、私自身も、彼女から話を聞いた直後に、階段の上から地下のようすをうかがって、大勢がガヤガヤしている声や物音を確認していたのだ。それに、その監督は詐欺師の一種だと判明しただけではなく、前々からアル中で、その日も邸に着いたときから強い酒を飲んでいた。

そんな人間が言うことなど、1ミリも信用できないではないか……。

やがて邸に到着した私とSのマネージャーも、私と同意見だった。彼らは男優たちを帰らせるために、地下室へ下りていった。しかし、そこはもぬけの殻だったようだ。

「どうやら、全員帰ったようですね」

「こっそり出ていきやがったな」

監督はマネージャーたちにすがりついてわめいた。

「違う! 最初から誰もいなかったんだ! 地下室は使用禁止なんだから! ……お願いだよ。もう帰らせてくれよぉ……」

マネージャーたちは露骨に顔をそむけて、彼を床に突き飛ばした。

「酒臭い! あんた頭がおかしいんじゃないか?」

男優たちはいつのまにかコソコソと帰っていったのだと、そのとき監督以外の誰もが納得した。でも、私は今回、おかしな点に気づいた。

まず、この稿を書くにあたり、インターネットで検索して調べたところ、問題の邸を管理・運営していたスタジオ会社が、2002年のあの時点で、すでに例の地下室を閉鎖していたことが判明した。

つまり監督が言ったとおりだったのだ。さらに、書くためにつぶさに記憶を蘇らせるうち、あの地下室はせいぜい8畳ぐらいだったことを思い出した。もしかするとさらに狭く、6畳程度だったかもしれない。

6~8畳のスペースに、男性を30人も詰め込めるものだろうか? 物理的に可能だとしても、そんなふうに出演待機させるというのは、ちょっと有り得ないことだ。

また、そんな大勢がゾロゾロ帰っていったとしたら、いくらなんでも誰か気がつくのではあるまいか? 広い邸だと言っても、出入り口は玄関と勝手口の2ヶ所だけで、どちらも開け閉めしたら音がするはずだ。

――裸の男たちが立錐の余地もなくギチギチと、窓の無い地下室に詰め込まれている図を私は想像した。

思えば、あのときSも、ヘンに強く「見た、見た」と主張していた。彼女は地下で異様な光景を見た。だからあんなに言い張ったのだろう。実際そうだったか否かはともかくとして、人ならぬ者たちを見たと思うのが恐ろしかったから。

シャワールーム。地下室。その次には、地下へ下りる階段も閉じられた。それを教えてくれたのは夫だった。彼はAV監督として、去年あの邸でロケをしたのだ。

「女優さんが霊感のある子で、双子の幽霊が見えると言って怖がってたよ。クローゼットにある油絵の女の子たちが、そこらへんを歩きまわってるって。それと、地下へ下りる階段が封鎖されて、地下室が使えないようになっていて驚いた」

こうして、あの邸の開かずの空間は少しずつ増えていった。ちなみに、現在、スタジオ管理会社のサイトのこの邸のページには、大きく赤い文字で「クローズしました」と書かれている。

邸は、ついにまるごと封印されてしまったのだ。

(文/川奈まり子 http://sirabee.com/author/kawana_mariko/ )

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