少年と人妻の不倫…名作『肉体の悪魔』の作者を愛した男たち【芥川奈於の「いまさら文学」】

しらべぇ / 2015年5月9日 12時0分

少年が大人の女性に憧れ、やがて恋に落ちる…。

数々の作品でテーマになっており、いまや“ベタ”ともいえそうなこのストーリーだが、この“ベタ恋愛モノ”の端緒ともいえる1923年出版のフランスの作家レイモン・ラディゲによる処女小説『肉体の悪魔』は、当時非常にセンセーショナルな作品であった。

■あらすじ

15歳の少年・僕は、人妻のマルトと知り合い、彼女の婚約者・ジャックが第一次世界大戦前線へ出征している間、度々マルトの家に出掛けて行くようになる。そのことを父に咎められ大人への不満を抱きながらも、僕はマルトに惹かれ、お互い恋に落ちる。やがてマルトが妊娠していることが発覚し……。

■少年が描いた、少年と人妻の不倫

少年による、年上の既婚者との不倫を描いた同作。当時多くの人を驚かせたであろうことは想像に難くない。

ラディゲがこの小説の下地を書き出したのは僅か14歳の頃で、実際に書かれたのは17歳から19歳頃と言われている。また、彼はこの後『ドルジェル伯の舞踏会』という作品を残し、20歳という若さで亡くなっている。

つまり、さほど小説を書いた経験もないままに『肉体の悪魔』を世に残し、およそ1世紀後の現在まで親しまれ愛されているということだ。それはとても素晴らしいことだが、何故このような所謂“ベタ恋愛話”が好まれ残っているのかを考えてみよう。

■憧れとエロスだけで終わらぬ魅力

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©iStock.com/Artem_Furman

まず、当時のラディゲは、「僕」とマルトとの関係に似た同じような恋愛経験をしているといわれていること。そこには、“スキャンダラス”な一面が存する。

そして、まだ思春期である少年が親や多くの大人に反抗する姿、「妊娠」という現実を突きつけられた時の心情、何より愛する人妻とのやりとりの、時に面白く時に切なくもある文章を読めば、誰もがこの作品の虜になってしまうのではないだろうか。

早産だったマルトの子供は誰の子なのか、という疑問も最後まで残る。物語の終わりにマルトは天国へと旅立ってしまうわけだが、その前に実に品行方正に生まれ変わる「僕」は、命の儚さ、そして自分自身の死への恐怖やある意味での憧れを文章の中に詰め込んでいるようにも読めてくる。

ただの「ベタ恋愛」とエロスだけでは終わらない、美しい文章や人間の葛藤の描写があってこそ、この小説は後世まで輝いて残ることができているのだろう。

■ランボー、ラディゲ、コクトー、そして三島… 男たちのトリプルコンボ愛!

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©iStock.com/OSTILL

ラディゲはしばしば、「早熟の天才」と言われる詩人のアルチュール・ランボー(1854年~1891年)と比べられる。しかし、ラディゲ本人はそれを否定する文句を残している。「年齢ではなく、才能に驚いているのだ」と。つまりは、ラディゲはランボーの作品をこよなく愛していたのだ。

そんなラディゲに目をつけた人物がいる。天下の詩人ジャン・コクトー(1889年~1963年)である。

コクトーはラディゲに熱を入れ、パトロンになった。そしてあらゆるものを吸いつくしていった。このふたりが同性愛関係にあったという記録もままあり、なるほどラディゲのビジュアルを検索してみると解からなくもない。

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そして、「フランスはパリ。そこでの少年とのロマン溢れるサロン生活…考えただけで何だかもう…もう!」と熱狂したのが、耽美主義の親分・三島由紀夫だ。三島は『ラディゲの死』という本を出版しているほど彼を崇高しているところがあり、とにかくまあ、美しい者が大好きな三島のことなので、ラディゲの存在を逃すはずはなかった。

時代や国境をまたぎ、また性別にもよらない「トリプルコンボ愛」が成立していった過程にも、現代の“腐”した女性のみなさんは心をときめかせられるのではないだろうか?

※『肉体の悪魔』を読みたくなったら…

古典的文章訳のものもあるので、普段本を読まない人はなかなか読み進められないかもしれないが、先に書いたことを妄想しつつ読むと情景が浮かびやすいはずだ。また、多く映画化もされているので、先にそちらを観てみるのも手。個人的には、ジェラール・フィリップが出演しているバージョンがおススメである。

(文/芥川 奈於 http://sirabee.com/author/nao_akutagawa/ )

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