「マラドーナ降臨」「日本初の決勝」「アフリカ旋風」…U-20W杯をプレーバック

サッカーキング / 2019年5月18日 19時4分

[写真]=Getty Images

 5月23日にポーランドで開幕するFIFA U-20ワールドカップ。「20歳以下の世界選手権」として1977年に誕生した同大会は2年に一度のペースで開催され、今回で22回目を迎える。

 FIFA(国際サッカー連盟)が手掛けた最初の「年代別ワールドカップ」であり、1974年にFIFA会長に就任したジョアン・アベランジェ氏(ブラジル出身)の「サッカーを(欧州と南米だけではなく)世界のものとする」という公約に基づいて開催が実現した。

 1930年に始まったFIFAワールドカップほどではないが、すでに40年以上の歴史を誇り、これまでに数々のドラマや名場面が生まれてきた。今回は5大会に厳選して、U-20ワールドカップの“これまで”を振り返る。

◆■1979年日本大会 “スーパー”マラドーナ降臨

優勝:U-20アルゼンチン代表

 1977年に行われた第1回のチュニジア大会から2年後、第2回大会の開催国となったのが日本だった。初出場を果たした日本は松本育夫監督の下、“世界での1勝”を狙ったが0勝2分1敗でグループステージ敗退。それでも大会の熱が冷めることがなかったのは、アルゼンチンのレジェンドとして知られるディエゴ・マラドーナが初めて来日を果たし、圧巻のパフォーマンスを披露したからだ。

 当時18歳だったマラドーナは、アルゼンチンの10番としてピッチ上で躍動。ソ連との決勝戦では、直接FK弾を決めて母国を初優勝に導くと、大会MVPにも選ばれた。なお得点王を獲得したのは、1993年に横浜マリノスで“Jリーグ初代得点王”に輝いたラモン・ディアス。多士済々のタレントが揃ったアルゼンチンは圧倒的な攻撃力で大会を制し、旧国立競技場に集まった5万2000人の観衆を魅了した。

◆■1999年ナイジェリア大会 日本サッカー界初の“決勝進出”

優勝:U-20スペイン代表

 日本の男子サッカーが最も“世界一”に近づいた大会として知られるのが、1999年のナイジェリア大会だ。A代表との兼任となったフィリップ・トルシエ監督の下には、小野伸二(現・北海道コンサドーレ札幌)をはじめ、稲本潤一(現・SC相模原)、高原直泰、中田浩二、小笠原満男など1979年生まれの選手を中心とする“黄金世代”が集結。すると、若きサムライたちは世界を驚かす快進撃を演じてみせた。

 初戦のカメルーン戦こそ逆転負けを喫するが、アメリカとイングランドに連勝して決勝トーナメント進出を決定。その後も、ラウンド16でポルトガル、準々決勝でメキシコ、準決勝でウルグアイと世界の強豪国を次々に撃破して決勝進出を果たした。ファイナルではシャビ・エルナンデスを中心とするスペインに0-4と完敗。世界の頂点に立つことはできなかったが、日本がFIFA主催の国際大会でファイナルの舞台に辿りつくのは、男女を通じて初めてのことだった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング