楢﨑正剛氏が語るコパ・アメリカ「周りも殺気立っているし、プレーしている選手はもっと殺気立っていた」

サッカーキング / 2019年6月17日 20時35分

2018シーズン限りで現役を引退した楢﨑氏は現在、名古屋グランパス クラブスペシャルフェローを務めている

 1999年、日本はコパ・アメリカのパラグアイ大会に招待出場し、1分け2敗でグループステージ敗退という成績に終わった。当時23歳だった楢﨑正剛氏はこの大会で2試合にゴールマウスに立っている。

 あれからちょうど20年、再びコパ・アメリカに挑む日本代表を楢﨑氏はどのように見ているのだろうか。“本気の南米”と戦った当時の想いやそこから得た経験、大会に挑む選手たちへのメッセージなどを聞いた。

インタビュー・文=武藤仁史
写真=AFLO,Getty Images

◆■プロレスの会場みたいな“男臭い”感じ

――1999年コパ・アメリカ・パラグアイ大会は楢﨑さんにとってフル代表としては初めての国際大会でした。どういう大会したいというイメージはありましたか?

初めて大きな大会に出るということですごく楽しみでしたね。98年のフランス・ワールドカップが終わって次のW杯に出場したいと意気込んでいたので、自分にとってはその第一歩という気持ちでした。

――コパ・アメリカに日本が招待されることは初めてでしたが、南米に行って一番印象に残っていることはありますか?

大会前にアルゼンチンで合宿をして、ボカ・ジュニアーズのユースチームと練習試合したんですよ。それが本当に強かった。上手いし、激しいし、結果は引き分けだったと思いますが内容は完全に負けていました。アルゼンチンのクラブのユースでこんなに強いのに、これからコパ・アメリカで代表チームと試合するのは本当に怖かったです(笑)。

――ペルーとの初戦は先発で出場しました。結果は2-3で敗れましたがどのような印象でしたか?

めちゃくちゃシュートが飛んできたことしか覚えてないですね(笑)。ずっと攻められていたイメージです。

――当時の映像を見ましたが好セーブを連発していました。

結構止めていたと思うんですけど、ニアを抜かれて失点したのがすごく悔しかったですね。シュートを蹴る身体の向きと視線とは逆の方向に飛んできて反応できなかった。

――それは相手のミスキックではなくて。

ミスキックではないですね。たぶん狙っていたと思います。

――スタジアムの雰囲気などはいかがでしたか?

雰囲気は独特でしたね。ネットがゴール裏に張り巡らされていてサッカーというよりプロレスの会場みたいな“男臭い”感じでした(笑)。

――対戦相手のペルーは大会直前にキリンカップで来日しています。メンバーもほとんど変わっていませんでしたが、日本で対戦した時と違いはありましたか?

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