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太陽にもっとも近いカメラ:直接見てはいけないものをどう見るか?

sorae.jp / 2020年10月25日 21時30分


欧州宇宙機関(ESA)とNASAの太陽探査機「ソーラー・オービター」のミッションには、ある「パラドックス」があります。科学者たちは探査機を使ってかつてないほど太陽に近づいた画像を撮ろうとしていますが、近づけば近づくほど、探査機が集めた光が観測機器にダメージを与えるのです。「探査機に搭載した装置で太陽から来る可視光を観測したいのですが、一方でどのように可視光から装置を守るのかを考えなければなりませんでした。」ドイツのマックス・プランク太陽系研究所で、ソーラー・オービターの観測装置「Polarimetric and Heliospheric Imager(PHI)」のチームメンバーであるAchim Gandorfer氏は言います。

これはPHIに限らずそれぞれの観測装置を開発するすべてのチームが直面した難しい問題でした。ソーラー・オービターは6つの望遠鏡を含む10個の観測装置を搭載しており、その多くが太陽を直接見るように設計されています。観測装置が太陽を直接見ると強い光と熱により悪影響を受けてしまう恐れがありますが、科学の観点からは充分な光を集めなければいけません。この難題に対して、それぞれのチームは独自の解決策を見つけ出し、ソーラー・オービターは現在観測を始めているところです。一体どのような解決策だったのでしょうか。

■ 過酷な環境に耐えうる現代の技術

太陽に近い極端な環境下でのソーラー・オービターのイラスト。もっとも近いときで太陽から約4200万キロメートルに位置し、これは太陽にもっとも近い惑星である水星の公転軌道よりも内側になります。太陽から受ける熱は地球を周回する人工衛星のおよそ13倍に達します。この熱に耐えるため、多くの観測装置は500℃まで耐えられるようテストしたヒート・シールドで守られ、シールドにある小さなスライドドアから観測装置に光を取り込みます。光を取り込む際も、熱を防ぐ特殊な窓を通しています。太陽電池パネルについては、太陽に近い場所では機器の損傷を防ぐため太陽に正面を向けることはせず、逆に太陽から離れた時には充分な電力を得られるよう、太陽を向いた形になります。Credit: ESA

はじめにソーラー・オービターがどのような環境に耐えなければならないのか、そしてその基本的な対策について見てみましょう。太陽に近づくためには非常に高い温度に耐える必要があり、これが最初の大きな問題です。ソーラー・オービターは太陽から約4200万キロメートルのところにまで近づくように設計されており、これは太陽にもっとも近い惑星である水星の公転軌道よりも内側になります。このような距離では太陽は恐ろしい存在です。ソーラー・オービターより少し遠い水星であってもその表面温度は400℃を超え、これは鉛を溶かすほどの高温です。ソーラー・オービターは、この熱に耐えながら無事に観測が行えるように作る必要がありました。

このような距離まで太陽に近づいた最初の探査機は1970年代半ばの「ヘリオス」と呼ばれるものでした。当時の西ドイツの宇宙機関であるDLR、そしてNASAが作り上げた2機の探査機は太陽から4600万キロメートル・4300万キロメートルの間を飛行しました。実はヘリオスは太陽を直接見るような望遠鏡やカメラを搭載しておらず、ヘリオス自身の周囲にある粒子や磁場を測定するのがおもな観測装置でした。さらに1方向だけが高温にならないように、1分間に60回もスピンをしていました。こうすることにより、ある意味では太陽の強い光と熱の問題を「解決」したと言えます。ソーラー・オービターも同じような観測装置を搭載していますが、ヘリオスと違うのは太陽の画像を撮影することです。太陽の画像と一緒に観測・測定することによって、太陽で発生したイベントとソーラー・オービターの周囲の物理的な環境がどう変化するのかを結びつけることができるのです。

ミッションを安全に遂行するためにソーラー・オービターがとった対策は、特別なヒート・シールドによって身を守ることでした。このシールドはチタン、炭素繊維、そしてアルミニウムを含む材質でできており、太陽から受けたエネルギーを側面に伝えていき探査機から逃がすことによって、500℃を超える温度に耐えることができます。このシールドによって、観測装置は適切な温度で機能できるようになるのです。

ではこれで解決かというとそうではありません。太陽を直接見る必要があるカメラはシールドの影に隠れたままでは使うことができず、何とかして太陽の光をカメラに取り入れる必要があります。「基本的には、シールドに穴をあける必要があります。」観測装置の1つ「Spectral Imaging of the Coronal Environment(SPICE)」の主任研究者であるFrédéric Auchère氏は語ります。SPICEはコロナと呼ばれる高温の太陽大気と、低温の太陽表面をつなぐガスの性質を明らかにしようとしています。このガスは電気を帯びており、こうしたガスはプラズマと呼ばれます。プラズマは太陽の磁場に沿って宇宙に放出されますが、SPICEはプラズマが発する極端紫外線を観測します。つまり、太陽のほうを向く必要があるということです。結果として「私たちは地球の位置と比べて10倍から15倍ものパワーに耐えなければいけません。」(Frédéric Auchère氏)

■ 「サングラス」を探して

太陽に近づくソーラー・オービターの想像図。(Credit: ESA)

SPICEが観測を行えるようにする鍵は、SPICEが観測したい光は紫外線だけであるということでした。私たちが見ることのできる可視光を集める必要はなく、むしろ可視光は太陽からの熱の大部分を運んでくるため、これをカットできればSPICEにとっては好都合となります。そこで、SPICEのチームは光を受ける最初の光学機器として紫外線のみに感度のある鏡を用意しました。鏡は紫外線のみを反射して検出器に向け、可視光や他の波長の光は素通りさせて別の鏡によって探査機から逃がすことにしたのです。

ソーラー・オービターが搭載する他の5つの望遠鏡も、それぞれ独自の方法で問題に対処しています。たとえば「Extreme Ultraviolet Imager(EUI)」はヒート・シールドに開けてある「のぞき穴」から太陽を見ます。穴には非常に薄いアルミのフィルターをつけており(台所にあるアルミホイルのようなものですが、もっと薄いものです)、それが可視光と熱の大部分を反射して防いでくれます。

それでは、EUIや他の装置の対策を見てみましょう。

■ 装置の安全性を取るか?科学の探求を取るか?

EUIの主任研究者であるDavid Berghmans氏は、装置の安全と探求したい科学とのバランスを取るという設計上のチャレンジについて語っています。「工学や安全性の観点からは、のぞき穴はできるだけ小さくしたいです。一方で、良い画像を撮影するためには穴が小さすぎると光が足りなくなります」。EUIにとって幸運となったのは、物理学の法則でした。望遠鏡がどのくらい細かいものまで見ることができるか(解像度)は、おもに開口部の大きさ(大まかには望遠鏡の筒の直径のようなもの)を観測したい波長で割り算した値で決まります。EUIが観測したい紫外線は可視光より波長が短いため、のぞき穴の大きさは可視光を観測する場合よりも小さくて済むのです。

「X-ray Spectrometer/Telescope(STIX)」は、さらに短い波長をもつX線を観測する装置です。STIXの主任研究者であるSäm Krucker氏は「X線を観測するため、私たちは観測装置の手前に薄い金属プレートを置いて熱から守ることにしました。プレートはベリリウムでできており、非常に軽くX線を比較的よく通します」と述べています。

「Polarimetric and Helioseismic Imager (PHI)」は可視光を観測して太陽の明るさのマップを作り、さらに太陽表面付近の磁場を測定する装置ですが、この場合はどうでしょうか。開発チームは科学的な研究に必要なのは可視光の幅広い波長のうち特定の狭い波長領域の光さえあればよいことに気づきました。その他の光は宇宙に逃がしてもよいことになります。PHIチームは、観測したい赤い波長以外はすべて遮断するようにコーティングされた非常に高度な窓を開発し、この問題を解決しました。「この窓を見たら自分自身が見えるでしょう。鏡に似ているのです」(Achim Gandorfer氏)

「Metis」は「コロナグラフ」と言われる装置です。コロナグラフは文字通り太陽コロナを観測するための装置で、ソーラー・オービターに限らず太陽観測で使われるものです。太陽の円が隠れるように板のようなものを置き、周囲に見える太陽コロナを観測します。つまりMetisの場合はもともと太陽を直接見る必要がないと言えます。

「Heliospheric Imager(SoloHI)」も、太陽を直接見る装置ではないため対策は比較的簡単でした。SoloHIは太陽を見る代わりに、太陽風に乗って太陽から離れていく電子から散乱する光を捉えます。それでも、探査機の太陽電池パネルやヒート・シールドからの反射光を減らすための板のようなものを備えています。

■ 太陽の影では「寒さに耐える」?

▲ソーラー・オービターが「ブーム」と呼ばれる腕とアンテナを展開する様子を示したアニメーション。
(Credit: ESA/ATG medialab)

ソーラー・オービターが克服しなければならないのは極端な熱だけではありません。探査機の周囲の状況について測定を行う機器の多くは逆に凍るような寒さに耐える必要があります。それらの機器は「ブーム」と呼ばれる4.4メートルのアームに位置しており、探査機の後ろ側のほうにあるため常にヒート・シールドの影になっています。

また、3つのセンサーを含む「Solar Wind Analyser(SWA)」は極端な暑さと極端な寒さの両方に耐える必要があります。電子を分析するシステムはブームの端に位置し、常にヒート・シールドの影にあります。SWAの主任研究者であるChristopher Owen氏は「私たちは極端に寒いところにいます」と語ります。「放っておくとマイナス100℃にもなってしまうため、温めなければならないのです」

しかしSWAの他の2つのセンサーは、観測したい粒子を捉えるために太陽に向けなければなりません。これらのセンサーは陽子やアルファ粒子と呼ばれる粒子を捉えるものと重イオンを捉えるもので、ヒート・シールドの角のあたりに配置され、独自の小さなヒート・シールドを持っています。その「ミニ・ヒート・シールド」にある小さなスリットから粒子を取り入れますが、そのままではセンサーにダメージを与える光も入ってきてしまいます。ここでも、設計を工夫する必要がありました。

陽子と重イオンは電気を帯びており、電場(電界)があると進む方向を曲げることができます。このことを利用し、2つのセンサーはスリットの後ろに局所的に(狭い範囲で)強い電場を発生させ、検出したい粒子をヒート・シールドの後ろで取ることができるように設計されました。スリットから入ってくる光は曲がることなく装置の後ろへと通り過ぎていきます。「静電気を使った潜望鏡のようなものです」(Christopher Owen氏)

■ ソーラー・オービターの価値とは?

太陽に近づくための各装置の対策を見てきましたが、こうした対策を含め、複数の観測装置を搭載するソーラー・オービターが複雑な探査機であることに違いはありません。ヒート・シールドの前は500℃以上、ブームの先端はマイナス100℃にもなり、探査機は幅広い温度に耐えなければなりません。しかし、太陽に関する謎に答えを出すにはできるだけ太陽に近づき、できるだけ多くの種類の観測装置を使う必要があります。ソーラー・オービターの副プロジェクト・サイエンティストであるYannis Zouganelis氏にとって、このことがミッションを価値あるものにするといいます。「私たちが取り組みたい大きなトピックは4つあります。しかし、その研究を進めていくには数百の小さな疑問にひとつひとつ答えを出す必要があるのです」

4つのトピックとは、太陽風と太陽コロナの磁場の研究、太陽で突発的に発生するイベントとそれによる太陽風・太陽コロナへの影響の研究、太陽の物質の噴出とそれに伴って発生するエネルギーをもつ粒子の研究、そして太陽の磁場の生成に関する研究です。ソーラー・オービターが取り組む科学的な内容については関連記事をご覧ください。

ソーラー・オービターは自身の周囲を調べるだけではなく太陽の画像を撮ることができるという点に大きな特徴があります。このような探査機は今まで存在しませんでした。2018年に打ち上げられたNASAの太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」も太陽に接近して観測を行いますが、カメラを搭載していません。パーカー・ソーラー・プローブによる観測も重要であることに違いありませんが、ソーラー・オービターのように画像として見ることができるのはより多くの人にインパクトを与えることができるのではないでしょうか。「私たちは多くの謎に答えを出せることを期待していますが、同時にさらなる疑問も出てくるでしょう。他の探査ミッションと同様に、ソーラー・オービターのミッションでも驚きの発見が得られることを確信しています」(Yannis Zouganelis氏)

 

関連:
太陽探査機「ソーラー・オービター」が解き明かす謎:太陽内部から宇宙まで
太陽の接近観測で明かされた太陽風の磁場の反転現象

Image Credit: ESA
Source: ESA
文/北越康敬

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