ボート平成のベストレース…20世紀最後のレースはボートレースの名勝負だった

日刊SPA! / 2019年6月15日 15時49分

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長岡茂一選手 提供:日本レジャーチャンネル

<平成ギャンブル名勝負第3回・ボートレース編1位(前編)>

 SGやG1などの記念級レースであれば、選手の実力が拮抗していて、なにをやっても名勝負になりうるのは当然。じゃあ、毎日、どこかのレース場で行われている一般戦ではどうか……というと、名勝負が無いのではない。実は隠れた名勝負も多々あるわけです。むしろ一般戦のほうが様々なシチュエーションで名勝負が発生していると自分は感じている。

 例えば、A級選手を打ち負かして優勝戦に上がってきたB1級選手VS優勝戦に唯一残ったA1級選手との戦いなどには“ドラマ”があったりする。

 平成の競艇がボートレースに変わろうとする端境期、そして20世紀最後に自分が本場で見たレースという点で、一番印象に残っているこのレースを第1位に推したい。

◆20世紀最後に「A1級の意地」が爆発した!
2000年(平成12年)12月31日蒲郡競艇場 年末謝恩レース(一般戦)
1 長岡茂一 35歳 東京 A1
2 鈴木唯由 38歳 群馬 A2
3 松浦 努 34歳 千葉 B1
4 向 達哉 29歳 大阪 B2
5 畑 和宏 29歳 広島 B1
6 野中義生 35歳 静岡 A2
(級別・年齢は当時)

 平成12年(2000年)12月31日。日没近い大晦日のボートレース蒲郡。

 この日、20世紀最後のレースが行われた。最終12Rは優勝戦。20世紀最後の優勝を決めるレースでもあった。メンバーはご覧のようにA1級壊滅の中、長岡1人意地を見せての優勝戦1号艇。モーターや調子が悪くA1級が軒並み苦戦を強いられることもある一般戦。そんないわゆる“一般戦あるある”な優勝戦だ。

 おおかたの進入予想通りの124/653の進入から内側3艇がスタートをしくじる中、5コース畑が1人だけゼロ台のトップスタートを切って長岡を含めた内側をきれいにまくり差し、そのまま1Mを先取りしてバックではあっさり5-2-1の隊形ができあがった。

 こうした場合、外に捲られた1号艇を含む内側艇はなすすべなく着外に沈むのが、ある意味お約束のような感じだ。しかし、このレースは違っていた。普通ならこのまま3周まわっておしまい……と場内も溜息交じりの声があがり、気の早い客は払い戻し窓口に向かおうとしていた。

 ところが1周2Mでレースが大きく動く。先頭で回る畑が2Mで少しだけハンドルを入れ損ねたのか、流れてターンマークを外したところを長岡が最内、まさに畑の代わりにターンマークをなめるような全速旋回で差し切って先行した畑と鈴木を抜き去りトップへ。自分が膨らんだから長岡が差してくるのがわかっていたのかあわてて横を振り向く畑。しかしすでに長岡はそこにはいなかった。

◆ファンの期待に応える逆転劇

 長岡がトップに立った瞬間、蒲郡のスタンドに悲鳴と歓声が交錯する。もしかしたらこの年の賞金王決定戦競走よりも熱かったかも……。やがて歓声の中に悲鳴がすべて飲み込まれていく、つまりは支持率の差。本命サイドのもう一方、鈴木唯由もまた畑のミスを見逃していなかった。内側を絞り切れないうちに後続の鈴木にも抜かれ、畑は一気に3着まで落ちてしまったのである。

 誰とはなくまきおこる拍手、その中で長岡-鈴木-畑の1-2-5ができあがりそのままゴール。本場発売のみの3連単1-2-5は980円、2連単1-2は280円でどちらも1番人気の決着で20世紀最後の優勝戦は幕を閉じた。

 畑の落ち度は1周2Mのターンがちょっとふくらんだだけ、しかしそのワンミスを狙っていたかのように長岡と鈴木は見逃さなかった。A級選手がA級選手である理由、腕もそうだが常に上位着を狙う姿勢、グレードに関係なく優勝戦というレースの重みをどれだけ知っているかという順番で20世紀最後の優勝戦を締めくくった感じのレースだった。

 時代は令和となり、ボートレースの世界も平成の頃と比べると大きく変わった。令和では、どんな名勝負があるのだろうか。是非ともそんな名勝負に立ち会うべく、本場に足を運んでみてほしい。

 平成ボートレース後編は後日公開予定。

【江戸川乞食】
シナリオライター、演出家。親子二代のボートレース江戸川好きが高じて、一時期ボートレース関係のライターなどもしていた。現在絶賛開店休業中のボートレースサイトの扱いを思案中

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