京アニ放火殺人、容疑者に責任能力はある? 精神鑑定の仕組みを解説

日刊SPA! / 2019年7月30日 9時30分

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<寄稿/ジャーナリスト・草薙厚子>

 京都市伏見区のアニメ製作会社「京都アニメーション」が放火され35名が犠牲となった事件。逮捕状が出ている青葉真司容疑者(41)は意識を取り戻したが、いまだ重篤の状態だと報道されている。

 容疑者の逮捕は命を取り留め、またこの事件について語れる状態になってからとなる。

◆心神喪失状態で不起訴になる可能性も

「放火罪」は不特定多数の命、身体、財産を損なうため、場合によっては殺人罪と同等の罰則が科される重い罪となる(刑法第108条)。特に人が集まっている建物へ放火した場合に問われるのは、『現住建造物等放火罪』で、放火罪の中で最も重い罪だ。殺人罪と同じ法定刑である死刑、または無期、もしくは5年以上の懲役が科される。

 この事件の容疑者はこれまでに強盗での受刑歴があることや、職を転々としていたこと、近隣住民とのトラブルがあったことが報じられている。また京都府警は「精神的な疾患があるとの情報を把握している」と発表している。もし精神鑑定の結果、犯行当時「心神喪失状態」にあったと判定されると、責任能力はないと判断され無罪になることもありえる。

 容疑者の容態が回復した場合、精神鑑定を行うことになるのだが、今回の事件ではどのような判断を下されていくのかについて、検証してみたい。

 重大事件、特に裁判員裁判対象事件では、加害者(この場合は容疑者)の過去に精神科への通院歴があったり、精神障害が事件に影響したことが疑われる場合、動機が不可解な事件については「精神鑑定」が行われることが多い。

 検察官が事件を起訴するかどうかを判断する際、参考として行われるのが「起訴前鑑定」である。この「起訴前鑑定」は、半日から1日で行われる「簡易鑑定」と、通常2カ月〜3カ月にわたる「嘱託鑑定(起訴前本鑑定)」がある。

 その結果、鑑定人が精神鑑定によって「心神喪失」という意見を出した場合、検察官の判断の下、不起訴となるケースもあるのだ。

 これまでにも社会を震撼させた凶悪事件で、容疑者や被告人が「心神喪失状態」と判断され、不起訴や無罪になり、その度に被害者や遺族がやりきれない思いに苦しむといったケースが多く見られた。

 罪を犯せば、裁判で裁かれて報いを受けるのは当然である。しかし19世紀中頃、犯罪行為に及んだ者が「精神障害者」だった場合、物事の良し悪しの判断がつかない状態であれば、責任の問いようがないために刑罰を軽くするという考え方が、西欧を中心にした近代刑法に現れたのである。日本の刑法もフランス、ドイツ、イギリスなどが基盤となって制定されていることが背景にある。

◆「刑事責任能力」は3つの判断基準で分類

 日本の刑法では「心神喪失者の行為は、罰しない。(刑法第39条1)」および「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。(刑法第39条2)」と定められていて、刑事責任能力が問えるかどうかは、以下の3つの判断基準によって分類されている。

1、責任無能力(心神喪失)
精神の障害によって、善悪の判断をする能力、またはその判断にしたがって行動をする能力が失われている状態

2、部分責任能力(心神耗弱)
精神の障害によって、善悪の判断をする能力、またはその判断にしたがって行動をする能力が著しく障害されている状態

3、完全責任能力
「心神喪失者」「心神耗弱者」のいずれでもない場合で、具体的には(1)精神の障害がないとき、(2)精神の障害があってもその精神の障害によって、善悪の判断をする能力もその判断にしたがって行動をする能力も障害されていないとき、あるいは(3)そうした能力が障害されていたとしても、その能力の障害の程度が「著しい」に達しない場合

 裁判官より命令された精神科医は、3、4カ月かけて、被告人の診断や精神疾患が犯行に与えた影響などについて鑑定を行う。裁判になれば、裁判官と裁判員が、加害者の刑事責任能力について、上記の3つのいずれであるかを決定することになるのだ。

◆精神科医が最終決定を下すわけではない

 起訴後に裁判所の判断で行われるのが「公判鑑定」だ。鑑定を依頼された精神科医は、当該事件の調書をはじめ、過去の犯罪の調書、公的な記録や資料などに目を通す。

 また、被告人本人はもちろん、出生から今までのことを親・兄弟・親族、学校関係者、職場関係者、病院関係者などへの面接を行ったり、問診等を行い、医学的考察、必要な知能検査・心理検査等を行った上で、被告人の診断や精神疾患が犯行に与えた影響などについて鑑定をする。

 裁判官や裁判員には必ずしも精神医学の専門知識があるわけではないので、精神医学の専門家である精神科医に精神鑑定を依頼し、精神医学的な知識や経験を補う必要がある。従って裁判所に提出される「公判鑑定」結果は細部に及ぶものとなる。しかし、鑑定人である精神科医はあくまでも参考資料を提出するだけで、最終的な決定をするわけではない。

◆精神科医によって鑑定結果が変わる可能性

 最も大事な鑑定人に関しては、通常は裁判所から精神科医に命令されるものだ。司法精神鑑定を実施する鑑定人は、精神科医である必要性はなく、臨床心理学者であっても問題ない。そのため、鑑定人によって鑑定結果が違うものになってしまう可能性もあるのだ。

 鑑定にあたり、参考資料となる供述調書は、直近の情報のため、かなり有益な情報である。しかしその反面、犯行時の精神状態を誤って診断してしまう可能性もある。なぜなら捜査記録は捜査官の主観にかなり影響されるということ、また、供述する者の記憶の誤りや願望によって歪曲されることもあるのだ。そのため鑑定を行う人物は、公正さはもちろん、経験と熟練が必要なのはいうまでもない。

 おそらく今回のケースでは、起訴された場合、裁判では責任能力の有無が争われることになるのは間違いないだろう。その時、裁判官や裁判員は精神鑑定を尊重した上で、判決を下すことになるのだ。

 現在、最も望まれることは容疑者の容態が回復し、犯行動機を本人の口から聞き出すことだ。そうでなければ遺族、関係者もやりどころのない怒りを抱えたまま一生を過ごすことになってしまう。そして正式に法の裁きを受けることこそが、弔いになるのではないだろうか。犠牲になった方々には改めてご冥福をお祈り申し上げたい。

<取材・文/ジャーナリスト・草薙厚子>

【草薙厚子】
元法務省東京少年鑑別所法務教官。『少年A 矯正2500日全記録』『本当は怖い不妊治療』『となりの少年少女A』など著書多数。事件取材をとおして精神鑑定にも詳しい

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