「謝れ!SNSで晒すぞ!」…悪質クレーマー増加の根本原因

日刊SPA! / 2019年9月22日 15時54分

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写真はイメージです(以下同)

 昨年11月と今年5月放送の『クローズアップ現代+』で大反響を呼んだカスタマーハラスメント問題が、一冊の本となった。『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』(NHK「クロースアップ現代+」取材班編著、文藝春秋刊)は、被害の実例と専門家による社会的背景の分析に加え、かつてクレーマーだった人物のインタビューも交えて、多角的にアプローチしている。

◆接客業の人の74%が悪質クレームを受けたことがある

 2017年にUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)流通部門が、接客対応している約5万人に行った調査によると、73.9%もの労働者が業務中に迷惑行為(悪質クレーム)を受けたことがあると回答したという。
 そのうち、暴言の被害が27.5%と最も多く、続いて執拗なクレームや威嚇的な言動など、精神的にダメージを与える迷惑行為が全体の半数以上を占めていることが明らかになった。

 もっとも、“カスハラ”自体は、日本だけの現象ではない。海外でも、Uberの女性ドライバーが性的な嫌がらせを受けるといった事件が横行し、社会問題となっている。
 だが、先述のデータが示すように、日本のカスハラは質が異なる。クレーマーと化した客が、労働者をマウントすることにより、歪んだ承認欲求を満たしていくのが特徴だからだ。この陰湿な構図から、「クロ現」取材班は、いまの日本社会が抱える問題を浮き彫りにしていくのである。

◆コンビニで「慰謝料100万円よこせ」という客

 本書には、様々なクレーマーが登場する。スーパーのタイムセールをさらに値切ろうと責任者を呼び出した結果、ごね得を勝ち取ってしまった客。
 たった一度商品の入れ方が気に食わなかったからといって、それまでにそのコンビニで使ったと主張する200万円のうち、慰謝料100万円をよこせと脅しつづけた客。
 さらには、トランクから荷物をおろす際、運転席から降りなかったばかりに、SNSで“サービスが悪い”と実名をさらされ、再就職できなくなってしまったタクシードライバーもいる。

◆「カネ払ってるんだから」と無理難題を…

 ひどいのは、介護施設での話だ。ある女性入居者の息子が、事あるごとに無理難題を突きつけてきたという。体調を崩し、別の病院に入院していたにもかかわらず、ヘルパーに母親の洗濯物を任せようとゴネたのだ。さらに退院した母親と外食をした際に「帰りは車がないから」と言って、レストランまで迎えに来させようとするなど、次々にあり得ない要求をしてきたのである。

 言うまでもなく、職員が施設外で入居者の世話をする義務はないし、車をよこす件も、そもそも介護保険は被保険者の家族には適用できない制度だ。だが、息子の言い分は、こうだ。
<「高いお金払ってるんだし、それぐらいしても当たり前なんじゃないの?」>(p.39)、
<「外で食事してる間はオレが面倒見てるんだから、その時間はこの施設を利用してないじゃないか。じゃあ、その分の料金は返してくれるのか。おかしいだろ!」>(p.39)

 これらの発言に、カスハラ問題の根っこがあるのではないだろうか。クレーマー息子とのやり取りから介護職員が見たのは、<『私たちのお金で、あんたたちは生活しているんでしょ』>(p.41)という、誤った特権意識だ。つまり、“お客様は神様”であると都合よく解釈し、労働者への無理難題を正当化する方便として振りかざしている様子がうかがえる。

 このように客がモンスター化してしまうのには、いくつかの要因が考えられる。まず、不景気で収入が増えないことによる、社会全体の閉塞感。“少ない給料の中からお前らにカネを使ってやっている。だから客の言うことを聞け”と考える人たちが増加しているのではいか、というわけだ。
 広がり続ける格差も、ムチャクチャな論法に火を注いでいる要素のひとつだ。そこへきてSNSの発達により、同じく鬱屈を抱えた人たちによる、クレーマーへの誤った共感が拡散されやすい環境が整ってしまっていることも見逃せない。

◆「すべての仕事は尊い」と過剰サービスしてきた日本企業

 そんななか、法政大学経営大学院の藤村博之教授と甲南大学文学部の阿部真大教授がそろって挙げた、「日本の企業風土」という問題に注目したい。藤村教授は、こう提起する。

<日本の企業は、顧客に対してできることとできないことの線引きを明確にせず、毅然とした対応を取る習慣をつけてこなかった。むしろ、質の同じような製品を作って横並びで競争する上で、付加価値をつけるために過剰なサービスを売りにせざるをえなかったのではないか。>(p.96)

 そして、その悪習を放置してきたものこそが、「日本の勤労観」だと論じるのは、阿部教授だ。

<それは、労働契約の内容以上にサービスを行うのが美徳だという勤労観です。(中略) 時給千円の仕事だろうが、時給五千円の仕事だろうが、『すべての仕事は平等に尊いものである』というのが、その教えです。それが、すべての仕事に対して同等の職業倫理を求める価値観の背後にある。>(p.100)

◆元クレーマーが語る「正義感」と承認欲求

 さて、藤村、阿部両教授の分析を踏まえたうえで、かつてクレーマーだった50歳男性の発言を見ていこう。彼は、レンジで温めた弁当と、冷たい漬物やハムを一緒に入れられたことをしつこく店員に詰め寄り、挙句には店長まで呼びつけた。その際、彼の胸によぎっていたのは、愉快犯的な悪意とは真逆の正義感だったという。

<「私の場合は、あるべきことがちゃんとなされているかどうか。すなわち、相手に少しでも非があれば、その行動や態度がおかしいというところだけで、正義感が出てくるみたいなんですよね」>(p.107)

 その正義感の行き着く先は、“自分が正しい”ことが認められ、場合によっては感謝されたいという承認欲求だ。

<なにぶん正義をふりかざしているので、『自分の言ってることは間違いじゃなかったんだ。正義だったんだ』と認められると、自分で満足するわけですよ」(p.107-108)

◆クレーマーの根底に「私は評価されてない」という不満

 こうして、消費期限切れの「日本の勤労観」から脱しきれない企業風土と、価格以上の“おもてなし”を道徳的に当たり前のものとみなす客の間で逃げ場を失う労働者。客は、たいていが「普通の人」。だが、彼らに話を聞くと、自分の能力が正当に評価されていないなどの不満が根底にあったという。そんな鬱屈した正義感に、いつ燃料が注ぎ込まれるかは分からない。モンスターカスタマーがそこかしこに潜んでいるという状況なのだろうか……。

 カスハラ取材を通じて、相沢孝義チーフプロデューサーは、<過剰な自意識と他者に対する想像力の欠如>(p.218)を感じたという。つまり、“自分への評価が不当に低い”と感じる自己愛の大きさに反比例して、他者を思いやる気持ちがどんどん薄れていっているということだ。

 言うまでもなく、他者への思いやりは社会活動の前提となるべきセーフティーネットである。だが、それも現代の日本においては、瓦解しつつあるのではないか。悲壮感漂う本書からの警告は、重たい。

<文/石黒隆之>

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