劣等感だらけでも「成せばなる」と思えた経験/歌舞伎町10億円女社長

日刊SPA! / 2019年10月7日 8時54分

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―[歌舞伎町流「欲望のすヽめ」]―

 こんにちは、内野彩華(うちのあやか)です。新宿・歌舞伎町にキャバクラを4店舗経営する歌舞伎町の女社長。そんな私が野心の大切さを説く、この連載。第54回は「成せばなる」がテーマです。

 少しお店の話とは離れますが、つい先日うちの黒服と一緒に水上バイク(ジェットスキー)が運転できる特殊小型船舶操縦士免許を取りました。今回は取得までの悪戦苦闘を通して、「どんな苦手なことでもやってみれば案外できる」というお話をします。

◆劣等感がエスカレートした中学時代

 わたしは物心ついた頃から運動が苦手です。小学校1年生の頃から高校生まで毎回ずっと、運動会の徒競走はドベ。しかも最下位から2番目の子と大きく差の開いたドベでした。

 自転車も当然乗れなかったし、中学生になってからは、劣等感のかたまりがエスカレートして、体育の授業は毎回「生理」と言い訳して、おやすみ。こうして、運動はわたしのなかからすべて抹殺するようにしていました。

 東京に来てから、わたしはすっかりそれを忘れていて、友達と自動車の運転免許の教習所にうっかり申し込んでしまいました。友達と一緒に、マニュアル免許を申し込んだにも関わらず、坂道発進ができず何度も落ちて、教官からオートマ限定にすることを勧められました。

 すっかりやる気もなくなって、縦列駐車でも何度も落ち、仮免は6回も落ちてしまいました。なんとか合格はしたものの教官からは「合格あげるけど、あなたは路上で運転しないほうがいいよ」と言われました。

◆免許が取れても運転しなかった理由

 筆記テストも、言葉が分からず教科書を開く気にもなれず6回落ちました。

 最後は、運転免許センター近くに、答えを教えてくれる裏校のようなものを見つけて駆け込みました。

 ヘッドホンをつけて問題と答えがカセットテープから延々と流れてくるのを2時間ずっと聞き、なんだかわからないままこの選択肢はAだとか、Bだとか解答だけ覚えて合格しました。運転免許が取れた頃にはすっかり嫌な気分になって、今日まで車を路上で運転したことはありません(なので、許してください)。

 そんなわたしが、夏にジェットスキーに乗せてもらってとても楽しいなと思いました。でも、ジェットスキーなんて、わたしに運転ができるわけがない。

◆黒服も「一緒に受験する」と言ってくれた

 とはいえ、休みの日にウエイクボードをレンタルして遊んだとき、水上バイクの免許を持っている人が周りに少ないので、全員がウエイクボードに乗れず、待ちができて不都合でした。せめて仲間うちであと何人か水上バイクの免許を持っている人がいると、ウエイクボードがひっぱれるのでもっと楽しいのに、と思っていました。

 遊びの資格だし、店の人に強制するわけにもいかないので、「わたしが免許を取ろうかな」と言いました。すると、黒服も「一緒に受験する」と言ってくれ、わたしたちは免許の取得を目指すことになりました。

 試験の1か月くらい前になると、教科書と過去問の分厚いテキストが送られてきて、気が滅入りました。案の定、ちらっと開いてみたら全然関心のない言葉が羅列されていました。

 黒服からの「まず、ざっとテキストを読んで、意味がわからない言葉があったら説明しますから」という言葉に励まされ、わたしは勉強を始めました。

◆1日だいたい15分の勉強しかしない

 中身をひと通り読んでみると、わからない言葉はたくさんあるけど、わかる部分もあります。過去問をやってみると、案外、常識的なものもあって「毛嫌いするほどでもないかな」と思えてきました。

 黒服に説明をお願いすると、スラスラとできる箇所もありました。でも、学科の勉強は基本的に嫌だったので、40項目ある過去問を1日2項目ずつやることに決めました。これを20日で終えるようにし、1日だいたい15分の勉強しかしないようにしました。「一気にたくさん勉強したり、前日に一夜漬けみたいなことをすると嫌さが増すな」と無意識のうちに悟りました。

 受験日の前日には、実技テストのロープの結び方、水上バイクの点検方法、具体的な乗り方といった講習がありました。ロープの結び方は4種類あり、その結び方を覚えなくてはいけません。何回、結んでみても、ほかの結び方と混同してしまいます。

 1回結べるようになっても、ほかの結び方を聞いたら、また前の結び方がわからなくなりました。みんなトントン拍子に覚えていく一方で、「なんてわたしの頭は悪いのだろう」と悲しくなりました。

◆水上バイクを運転する実技をやってみて

 点検はもっと複雑でした。26種類ある点検部位を覚えて、どんな点検をするのかを実際にやってみなくてはいけません。黒服は男の子なのでバイクに乗ったことがあって「部品が似ているので頭に入ってきやすい」と言っていました。

 でも、わたしにとっては人生で初めてみる単語ばかり。まるで、呪文のように部品を唱えるうちに、ようやく頭に入って行きました。一番難航したのが、水上バイクを運転する実技です。2種類のコースを20キロ以上で走らなければいけないのですが、バイクに乗った時のような風を受けながらジグザグ走行するのは相当怖かったです。

 ジグザグ走行に気をとられると前方確認や後方確認を忘れるし、カーブを切るときにジェットは水の力を利用して曲がるので、曲がる時にジェットのエンジンを加速しなければいけないのですが、これも曲がる時に落ちそうで怖いので無意識のうちに減速してしまい、何度も注意されました。

 全体的にエンジンを一定に保って運転しないといけないのですが、早くなったり遅くなったり、そもそも運転すること自体が相当怖かったです。運転の実技講習が終わった後、「これじゃ落ちるな」と思ったので、すぐに追加講習を申し込んで特訓してもらいました。

◆そして試験当日を迎えて…どうだったか?

 受験日当日。筆記は自信がないし、ロープの結び方は結んでるうちにわからなくなるし、運転実技はコースを間違えないかどうか冷や冷やでした。20キロ以下で走ったり、コースより手前でエンジンを停止したりすると失格になるらしいので「絶対に無理だ」と思っていました。

 筆記はテストまでずっと問題集を見ていて、最後は答えを丸覚えしました。テストは6割正解していれば大丈夫のようで、答え合わせをしたらなんとかクリアしてました。

 次は、ロープの結び方の実技テストで、テストの直前まで何回も黒服に聞いて、100回くらい繰り返し練習して結んでテストにのぞみました。なんとか無事に結ぶことができました。最後は運転のテスト。わたしの運転が相当やばかったのか「テスト前にもう一度練習しよう」と教官が言ってくれて、コースを走らせてくれました。

「はじめの走りの速度だと合格できないけど、最後のほうの速度で走ったら合格だから感覚を覚えて」と言われました。そしてそのままテストを受けました。すごく緊張したけど、コースを間違えることなく、前方確認後方確認もできて無事テストを終えることができました。

◆自己肯定感を高めるには、挑戦しよう

 それから数日後、テストに合格していました。本当に嬉しかったです。わたしがバイクのような乗り物を運転できるなんて、自分が信じられませんでした。

「なにやってもだめ」と思ってたけど、「わたし、できた」と初めて思えました。これまでわたしは、好きなことと得意なことばかりやって生きてきたので、苦手なことにはまったく目をそむけて生きてきました。それは、どうせ努力したところで「人並み以下なら努力するだけ時間のムダ」と思っていたからです。

 でも、人並み以下でも「できないことができるようになる」ことは自己肯定感を高めます。そして視野が広がります。わたしでいうと、次は二級小型船舶の免許を取りたいと思うようになりました。プレジャーボートは5海里まで運転できるので、太平洋のどこかの島に降り立ってみたいと思っています。

 どんなに下手くそでも、まわりにたくさん迷惑かけても、成せばなるのです。

<TEXT/内野彩華>

【内野彩華】
新宿歌舞伎町キャバクラ「アップスグループ」オーナー。株式会社アップス代表取締役社長。津田塾大学卒業。25歳のとき、当時勤めていた外資系IT企業をやめて、歌舞伎町にキャバクラを開業。現在、歌舞伎町にキャバクラを4店舗、銀座にクラブを2店舗展開するまでに。キャバ嬢の育成やキャバクラの立ち上げ、経営改善のコンサルティングなども行い、グループ年商は10億円にもおよぶ。著書『劣等感を力に変える 成り上がる女の法則』が10月31日に発売予定

―[歌舞伎町流「欲望のすヽめ」]―

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