PCR検査が少なくてもコロナを抑え込めた…台湾と日本では何が違う?

日刊SPA! / 2020年7月7日 15時50分

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指揮センターの会見で厳しい表情を浮かべる陳時中衛生福利部長[台湾行政院提供]

<文/野嶋剛:ジャーナリスト、大東文化大学特任教授>

 日本では台湾との比較がしばしば語られたが、台湾のコロナ対策を検証してみると、単純な比較は容易ではないことに気付かされた。はっきりいえば、日本と台湾ではレベルが違うからである。

◆レベル1の台湾とレベル3の日本

 防疫に必要なのは、第一に水際で侵入を食い止めること(レベル1)、第二に侵入を食い止められなかったら、流行が小規模なうちに徹底的に検査・隔離を行うこと(レベル2)、第三に徹底的な検査・隔離が行えないほど感染が広がったら都市封鎖などで人の移動を少なくしてウイルスに感染の機会を与えないこと(レベル3)、である。

 日本における新型コロナウイルス対策で、議論が今一つ噛み合わなかったのは、日本はレベル1とレベル2に失敗し、気づいた時にはレベル3に達していたという認識が必ずしも十分に共有されていなかったことが大きいように思える。

 世界的にはあまり見られない「クラスター対策」によって日本的モデルの成功を導こうとしたが、それもうまくいかず、結果的に緊急事態宣言による社会活動の制限と「三密」の阻止という行動変容に頼って対応することになった。

 一方、台湾の場合は、基本はこのレベル1とレベル2で対処が完了しており、都市封鎖的な行動制限を行う必要がないまま、「日常生活への移行」という次のステージに入った。

 つまり、日本においては、レベル1はほとんど具体的に措置を講じる間もないまま、レベル2、そしてレベル3に突入してしまったので、レベル1とレベル2で止まった台湾とは、論点とするポイントがかなり違ってしまっている。

◆レベル2で抑え込んだ韓国の「K防疫」

 流行初期において、レベル1の水際で抑え込むことが望ましいのは言うまでもないが、このグローバルに人の移動が活発化した時代、四方八方から訪れるウイルス感染者を完全に防ぐことはかなり難しい。だから、レベル2の検査と隔離が重要になってくる。韓国では大邱市で一時、新興宗教団体「新天地イエス教会」による大規模感染が起きたが、大邱市の権泳臻市長は、当時の検疫をこう振り返っている。

「(信者全員の検査を)1か月以内に終えました。信者以外にも、重症化や死亡リスクが高い高齢者が入居する施設などでは症状が出ていない人にも先んじて検査を実施し、1日最大7000件近く、累計で10万件に及びました」

「これほど多くの検査をしなければ感染者数は急速に増えなかったはず。病床も十分にないなかでは検査を遅らせるべきだとの声もありました。ただ、世界のどこにも治療の教科書も薬もない感染症です。一刻も早く大勢の人を検査して隔離するしか方法はなかった」(朝日新聞、5月4日朝刊)

 この方法が韓国の「K防疫」と呼ばれるスタイルだ。感染拡大が起きそうになったら、とにかく検査して感染者をあぶり出し、隔離し、ウイルスの拡散を抑え込むしかない。

 これに対して、台湾はレベル1からレベル2に入りかけたところで抑え込んでしまったので、韓国のように大量検査によって力ずくで抑え込むまでもなかった。

◆日本のコロナ対策は成功? 失敗?

 日本も感染者や死者を爆発的に増やすことなく、医療機関は崩壊ギリギリのところで持ち堪え、国民の行動変容も協力的なものであった。日本のコロナ防疫が失敗であったと断定する必要はない。

 だが、アジアで起こった対岸の火事と眺めている間にウイルスに侵食された感のある欧米に比べて、中国とも距離が近く、人の往来も盛んなため、早い段階から危機を告げるアラートを鳴らしていた東アジアの中では、日本の成果は台湾、韓国、香港、ベトナム、シンガポール、マレーシア、タイなどの国々に対して、秀でていたとは言えない結果になった。人口あたりの死亡率、感染者の致死率とも東アジアで下位レベルにあり、「日本は成功した」「日本モデル」などと胸を張ることにも強い違和感がある。

 WHOが公衆衛生上の緊急事態を宣言した1月末、今回の新型コロナウイルス対策で重要な役割を演じた尾身茂は、日経ビジネスのインタビューでこう述べている。

「緊急事態宣言を出したのは、このまま放置しておくと大変なことが起きる可能性があると国際社会に対して警告するためだ。WHOが対象にしているのは全世界で、欧米や日本をはじめ先進国だけではない。むしろ欧米にしろ日本にしろ対策は先んじて行っている。日本も新型コロナウイルス感染症を指定感染症とするなど、様々な手を打っている」

 この認識はおそらく1月末時点の日本の感染症界の共通認識であったと思われるが、今振り返ると、現実とはズレていた。欧米も日本も、台湾のようなレベル1やレベル2で抑え込むどころか、レベル3の事態に入ってしまったことは、その後に起きたことを見れば明らかである。特に日本について言えば、中国からの第一波をクラスター対策でどうにかコントロールした後、ヨーロッパ経由の第二波にしっかりした水際対策を講じなかったことについては疑問を感じざるを得ない。

◆台湾でのPCR検査は?

 日本と台湾のレベルの違いを強く感じたのは、PCR検査をめぐる議論であった。

 台湾では4月末から5月上旬の段階で、PCRや抗体・抗原検査をめぐって少し大きな論争が起きた。野党・国民党の韓國瑜・高雄市長が、今後の経済正常化のために国民全員に検査をしてはどうか、と提案したのだ。

 これに対して民進党政府は、データを用いて反論を行った。韓國瑜の指摘の背景には、諸外国と比べて、台湾の検査数は少なすぎるので、潜在的な感染者を見つけ出せていないのではないか、という考え方がある。これは日本でも同じような見方があった。

 民進党政府で反論に立ったのは、“医師閣僚コンビ”の陳其邁行政院副院長と陳時中衛生福利部長の二人である。こういう専門的な論議を閣僚が素早く語れるところに台湾の強みがある。

 陳其邁は自らのフェイスブックで、「ほかの国のように大規模な検査をしろというのは、一見理屈が通っているように見えるが、台湾と各国の感染者数の人数が違うことを念頭に置かないとならない」と指摘した。

「台湾は4月23日までに5万9000人のPCR検査を行って、0.7%の陽性率だ。すべて発熱や感染者との接触がある者の検体であり、もしまったく症状がない者の検体を含めたとすれば、さらに陽性率は低くなる。これでは、大量に検査を行う意味はない。偽陽性の問題もある。ニューヨークのように陽性率が10%を超えたところでは、意味があるだろう。しかし、台湾のような状況では、疫学調査で危険なグループを探し出し、隔離を行い、臨床医師の判断によって検査を行うかどうか決めるべきだ」

 さらに陳時中は記者会見でスライドを使いながら、説明を行った。

「2300万の台湾人が一人あたり3000台湾ドルのPCR検査を行ったとしたら690億台湾ドルが必要になる。その予算がないというのではなく、お金をかけただけの効果が得られない。さらに、PCR検査は結果が出るまでに4時間かかる。台湾の現在の検査能力は1日に3800件。全国民を終えるのに16年かかる。では、検査時間が15分の抗体・抗原検査はどうか? こちらは検査が一件あたり200台湾ドルで済む。しかし残念ながら、検査での正確性は6割から7割にすぎない。本当に陽性かどうかわからないのに隔離をして治療を受けるとなれば医療機関にも想像を超えた負担がかかる」

 結論として、陳時中はこう語った。

「仮に陰性が出たとしてもその後感染しないとは限らない。とにかく疫学調査を徹底すれば現状では心配はない。市民はしっかりソーシャルディスタンスを取り、マスクをつけ、密集する場所に出入りはしないことだ」

 このように語ってくれれば、国民も納得するだろう。日本では、海外から戻った人々に対する空港の検査体制の弱さが目についた。空港検疫はある意味でPCR検査の拡充よりもはるかに重要で効果的な仕事である。台湾がPCRの検査拡大に消極的な理由は、自分たちが空港検疫や濃厚接触者・帰国者の追跡などの疫学調査を徹底的に行っているという自信からきている。

 日本では、PCR検査をめぐる疑問にあまりにもリソースを費やしすぎている。PCRをいかに運用するかは極めて専門的な議論で、本来は一般のメディアや民衆には理解しにくいところがある。マスクでもそうだったが、枝葉の部分に社会の関心が集まってしまったところが日本の苦しさであった。「医療崩壊を起こさないためにPCR検査を抑制する」という専門家会議サイドの考え方と、「不十分なPCR検査体制は日本の恥」(山梨大・島田真路学長)という考え方の両極端の意見があり、専門家の間でもばらばらだった。台湾を見ていると、そのどちらでもない考え方もあるのかと教えられる。

【野嶋剛(のじまつよし)】
ジャーナリスト、大東文化大学社会学部特任教授。元朝日新聞台北支局長。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て2016年4月に独立し、中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に、活発な執筆活動を行っている。『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『銀輪の巨人 ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま新書)=第11回樫山純三賞(一般書部門)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)等著書多数。最新刊は『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)

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