作家こだま、鬱をきっかけに性格変わる「むしろポジティブになった」

日刊SPA! / 2020年10月1日 15時50分

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陰と陽

 日本の最果て、北のどこかに存在する「おしまいの地」、その不毛の荒野で慎ましやかに暮らす一人の主婦。彼女の名はこだま。自分が作家であることを周囲に隠し、彼女は、今日もおしまいの地でひっそりと美しい言葉を紡いでいる。

 彼女は同人誌『なし水』をきっかけに、あれよあれよという間に「しがない主婦」から「ベストセラー作家」へと変貌を遂げた。同じく『なし水』に文章を寄せていた私も、彼女のあとを追いかけるように作家となり今に至る。

 私とこだまが出会ってからもう6年。お互い物書きとして本を出せる明るい未来が待っているなんて夢にも思わなかった。

 このたび、第34回講談社エッセイ賞を受賞した『ここは、おしまいの地』の続編にあたる『いまだ、おしまいの地』を発売したこだまに、私、爪切男がインタビューをすることになった。私とこだま、それぞれのデビュー作『死にたい夜にかぎって』と『夫のちんぽが入らない』を手掛けてくれた担当編集者からの依頼である。

 正直、困った。私とこだまの関係は微妙なのだ。胸を張って「友達」と言えるような間柄でもなく、「ライバル」と言うのも少し違う気がする。何よりちょっと照れ臭い。

 でも、だからこそこの仕事を受けることにした。私は久しぶりにこだまと話をしたかったのだ。

 今回、インタビューの場となったのは太田出版近くの焼肉屋。

 なぁ、こだま。俺たち、肉を食いながら仕事ができるご身分になったんだな。

◆あのさ、なんでタメ口なん?

――こだまさん、おひさしぶり。なんだかんだ二年ぐらい会ってなかったけど元気だった?

こだま:うん、全然元気。爪さんも元気そうだね。

――これは『いまだ、おしまいの地』についての取材なんだけど、本の素晴らしさについては他の媒体の皆さんが書いてくれるはず。だから、俺は一緒に飯でも食べながら、最近のこだまさん自身について聞こうかなって。あなたって心境の変化が作品にモロにあらわれる人だしさ。

こだま:まぁ、そうかもしれないね。

――じゃあ最初の質問は、書き手としてのスタンスの変化について。俺たちは同人誌の頃からの付き合いだけど、あの頃と今では書く上で何か変わったことある?

こだま:ああ、うん、そうだねぇ。同人誌の頃はさぁ……。

――ごめん、インタビュー進める前にちょっといい?

こだま:え? はい?

――あのさ、なんでタメ口なん?

こだま:(笑)。

――あなたの方が年上だからいいんだけどさ。出会ってからずっと俺に敬語だったのに、半年前から、メールの口調とか何の前触れもなしにサラっとタメ口にしたよね?

こだま:もう別にいいかなって。6年ぐらいの付き合いだし、友達感覚だよ。安心してほしいんだけど、爪さんのことを下に見ているわけではないよ。

――そこまで卑屈に思ってない(笑)。でも、今回の本は、そういうこだまさんの「もういいかな?」って心境で書いたものが多い気がするね。それがポジティブな作風への変化につながってる気がする。

こだま:ああ、そうかもねぇ。

――同人誌のときや『夫のちんぽが入らない』を出したときは、他人の反応にビクビクしてたり、ネガティブな感情を込めて書いたりしてることが多かったしね。

こだま:きっと、そうなんだろうね。

――やる気出せよ。全部俺が説明してるじゃん(笑)。

こだま:私、Twitterにもつぶやいたけど、爪さんっていくら褒めてくれてもなんか薄いんだよな。

――おまえがあんなことつぶやくから、あれからいろんなものを褒めにくくなったんだぞ!

こだま:いつも無理に褒めようとするからじゃん。

――そんなことない! もうやめろ! この質問はおしまい!

◆「メルヘンを追って」の真実

――次! 『いまだ、おしまいの地』に書いたエピソードの中でお気に入りのものは何?

こだま:全部お気に入りだし、どれが一番っていうのはないかな。でも、爪さんたちと一緒に、私を騙した詐欺師の実家に突撃した「メルヘンを追って」は思い入れが強いかな。

――こだまさんが、Twitterで詐欺師にカネを騙し取られてね。こだまさん、同じように被害にあった男性、取り立て役として俺、編集さんの4人で詐欺師の実家に突入する話。

こだま:簡単に騙された私が悪いんだけど、いい話の題材にはなったから安心した。自分が関わっていることなのに、まるで他人のように楽しめたのが不思議だったよ。

――こだまさんは、そうやって不幸なことを笑い話に転化するのが昔からの持ち味だよね。ひどい目にあってもタダでは終わらないというか。

こだま:だけど、このメルヘンの話は踏み込んで書けなかった。結局詐欺師とは連絡がつかなくて、相手のご両親にお金の返済をお願いするんだけど、途中で相手のことが可哀想になっちゃって……。それでいろいろ書けなくなっちゃった。

――俺、現場にいたからわかるけど、書いていないことが本当に多い。俺はね、他のみんながのん気でビックリしたよ。

こだま:え、何かダメなところあった?

――まず、向こうの親が出して来たお茶を、みんなすぐに飲んだじゃん。敵が出したお茶だよ? 毒が入ってるかもしれないじゃん。

こだま:敵じゃない! ご両親はお金をなんとかしようと考えてくれる仲間だよ。

――いや、仲間ではない(笑)。しかもお前、そのお茶を飲んで「よく冷えてて美味しいです」って言ってたろ。お前は頭がおかしい! さらに「これ以上いじめないであげて」って、相手の味方をしだすんだもん。

こだま:だって爪さんが怖すぎたから。向こうが「お金は絶対払います」って念書を書こうとしてるのに、「文書だけでは信用できません。念のため音声データもください」とか、本当の取り立て屋じゃん。

――さすがに俺も言い過ぎたと思って、その場を和らげようと「可愛い猫ですねぇ、僕は犬の方が好きですけど」って、相手の飼い猫の頭を撫でながら言ったんだけど、取りようによっては凄い脅し文句に聞こえたかもね。

こだま:爪さんがTwitterに書いてたけど、そんな物騒な殴り込みをかける前に、打ち合わせも兼ねて、4人で駅近の喫茶店でサンドイッチを食べてた風景が本当に記憶に残ってるんだよね。もっとそういうのを書けばよかった。

――強引にまとめると、こういうフィクションかと思うようなエピソードがこの本には満載なので、是非お読みくださいってことだね。

◆鬱病になったことで私はポジティブになった

こだま:さっきの話もそうなんだけど、私は前から爪さんに対して言いたいことがある。

――何?

こだま:爪さんはTwitterでいい人を演じ過ぎだよね。

――演じてるってなんだよ!

こだま:たとえば、私の前では、よく「女」って言うくせに、SNSでは「女性」って言い直したりとかさ。そういう言い直しをすると爪さんの本当の魅力がなくなる気がするよ。

――こだま、ネットは怖いんだ。本当のことを言うと、傷つかないでいい人が傷つくのがネットなんだ。自分が気持ちを届けたい人には絶対伝わらないのがネット社会なんだ。

こだま:そうやって知識人ぶって誤魔化すのもやめてほしい。

――(笑)。そういえば、こだまさんは最近Twitterをすごく楽しんでるよね。好きなことをつぶやいてるというか。それも心境の変化?

こだま:それは最近、自分が鬱病なんだってわかったことが大きいかな。変に我慢をしちゃうと、そのストレスで鬱病が悪化するから無理をしなくなった。Twitterも文章も自分らしくしようって。その結果ポジティブシンキングになっちゃった気がする。

――すごいよな。こだまさんにかかると鬱病ですら前向きなきっかけになる。

こだま:自分がやりたくないことはやりたくないと言えるようになったし、Twitterでも嫌な人を見つけたら即ブロックしてる。「強くなった」とは言えないけど、ちょっとのことでは「ゆるがなくなった」のかもしれない。

――本の売上以外で、初めてこだまさんのことを羨ましいと思えたかも。だってこだまさん、俺の10倍ぐらい本が売れてるもんね。

こだま:そういうお金に汚いところもTwitterでもっとつぶやいてね。

――(笑)。

◆爪切男、初めてこだまに相談をする

――今まで話を聞いてきて思ったんだけど、やっぱりこだまさんは、ここ最近でいろいろと心境の変化があったんだね。それが今回の『いまだ、おしまいの地』には詰め込まれてると思う。

こだま:そうなのかな、そうだといいな。自分ではよくわからないけど。

――そんなゆるがない強さを手に入れたこだまさんを頼って、真面目な相談をしてもいい? こんなの初めてだけど。

こだま:いいよ、何?

――誰にも言ってなかったし、ネットにも書かなかったけど、このコロナの間にさ、俺、けっこう心をやられてしまって。自分の文章に自信がなくなって本気で作家を辞めようとしたの。まだ1作品しか書いてないペーペーが生意気なんだけど。友達や担当編集さんの力で今はなんとか持ち直したんだけど。また、こういう風に心がくじけるようなことがあったらどうしたらいいかな?

こだま:ごめん、私、人生相談受けるの本当に苦手なんだよね。

――(笑)。

こだま:まぁ、とにかくこういう話も変にいい話にしないほうがいいよ。

――こだまさんにはかなわないな。このままずっと好きにやっとくれ。

 インタビュー終了後、この記事に使用する私とこだまの2ショット写真を撮ることに。カメラマンの指示に従い、こだまは街灯に照らされた明るい場所に、私はそこから少し離れた暗がりに立つ。すると、こだまは私に「陰陽だ。私が陽で、爪さんが陰」と言ってニッコリと笑った。

 出会った頃の彼女は「自分は日陰でいるのがお似合いなんです」と謙遜ばかりする人だった。あのこだまがこんな素敵な嫌味を言えるようになるなんて。

 もう誰に嫌われてもいいだろ。
 自分のやりたいようにやれよ。
 お前はそのままずっと日向で咲いてりゃいいんだ。
 私と同じミーハーで根っからの目立ちたがり屋なんだから。
 これからもちょうどいい距離感でうまくやっていこう。
 ただ、私を日陰者扱いしたことはずっと忘れない。

 今回のインタビューを通じ、お互いをより深く理解できた私たちを祝福するように、空には綺麗なお月さまが輝いていた。いや、全然綺麗な月ではなかった。散々こだまに注意された、何でもいい話にまとめようとする悪い癖は当分直りそうにもない。

取材・文/爪切男 撮影/杉原洋平

こだま
主婦。2017年1月、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。たちまちベストセラーとなり、「Yahoo! 検索大賞」(小説部門)を2017・2018と二年連続で受賞。同作はゴトウユキコにより漫画化(ヤンマガKCより発売中)され、連続ドラマにもなった(Netflix・FODで配信中)。二作目となるエッセイ『ここは、おしまいの地』では第34回講談社エッセイ賞受賞した。

爪切男
1979年、香川生まれ。文筆家。2016年より、情報サイト『日刊SPA!』で『タクシー×ハンター』を連載。同連載を大幅に加筆修正してまとめた私小説『死にたい夜に かぎって』を2018年に出版。これまでのままならない恋愛経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に大きな話題を呼ぶ。同作は2020年に賀来賢人主演で連続ドラマ化された。

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