渡部建のグダグダ謝罪会見。ダメなところを3人の識者が分析

日刊SPA! / 2020年12月28日 8時31分

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写真/時事通信社

日本テレビ系年末特番の収録にサプライズ参加していたことが週刊誌に報じられ、急きょ開かれたアンジャッシュ・渡部建氏の謝罪会見。「世間さまの声を聞き、復帰会見よりもまず謝罪」と、渡部氏は会見に至った経緯を説明したが、出演の有無については口をつぐんだまま。終始歯切れの悪い会見となった。世間からは渡部氏へのさらなる批判が集まる一方、「公開処刑」ともいえる質問を浴びせたリポーターたちへの批判も。いったいあの会見はなんだったのか。3人の識者の見解を聞いた。

◆他人の不倫で世間が騒ぐのは世間のルールが原因

「演技くさい」「叩かれて当然」「不快でしかない」。12月3日の夜、ツイッター上には渡部氏に向けてこんな辛辣な罵詈雑言が飛び交った……。芸能人の不倫に対する謝罪会見が、当事者と直接関係のない世間を騒がせた背景には一体何があるのだろうか。世間学、現代評論家の佐藤直樹氏に話を聞いた。

 佐藤氏はまず「文春砲の時点で、すぐ謝罪会見を開くべきだった」と述べた上で見解を示す。

「世間の『あやまれ!』という声が“謝罪圧力”となり渡部氏の背中にのしかかった。彼が文春の独占インタビューに答えたことを『禊』とした浅はかな考えを持っていたからでしょう」

 バッシングの声がここまで大きくなったのは、日本人特有の意識がもたらした結果であるとも。

「日本では罪に問われる“社会のルール”よりも“世間のルール”が重んじられる。理由は日本人は小さい頃から『周りに迷惑をかけないように』と育てられているから。それが、世間のルールからはみ出た者に対し、まるで自分が迷惑をかけられたと思い込んでしまう国民性をつくる。その意識は“同調圧力”となり、謝罪しなくてはいけないムードを生みだします」

◆SNSの匿名性がムードに拍車

 さらに、謝罪ムードに拍車をかけたのは、SNSの匿名性にあるという。

「世間体を気にする日本人の性質を考えれば、SNSの存在は格好のツール。人は匿名になると傍若無人となり、罵詈雑言の数々は“同調圧力”に姿を変えて他人を攻撃します」

 また佐藤氏は、妻の佐々木希氏がSNS上に投稿した「主人の無自覚な行動により多くの方々を不快な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ございません」というコメントについて次のように語る。

「日本では家族が不祥事を起こした際、ほかの家族が謝罪すべきという“家制度”の意識が残っている。それに“同調圧力”が加わると、夫の不祥事がまるで妻の監督不行き届きであるかのようなムードを生む。本来は彼女が謝る必要はないんです」

 佐藤氏は今回の謝罪会見について「世間が知りたかったのは、彼の周囲の人間たちへの謝罪を済ませているかということ。リポーターはこれをふまえた上で彼を追及すべきだった」と語る。

 今回の「グダグダ会見」は、世間のルールを知らない外国人から見れば異様な光景に映ったことだろう。

◆今回の件は“不倫”ではなく“不貞”

 多目的トイレに女性を連れ込み、事が済んだらメールの履歴を消去させ1万円を渡す――。

 今回の騒動では不倫相手に対する愛情のかけらも見えないことから、「女性の人権を蹂躙している」といった批判の声も上がった。

 だが、作家・脚本家の梅田みか氏は「そもそも渡部さんの行為が“不倫”として扱われていることに疑問を抱いています」と分析する。

「本来不倫とは、相手にパートナーがいようとも別の人に対して気持ちをもって忍ぶ恋を貫くこと。なので3年間、妻をあざむき不倫の恋に走った俳優・東出昌大さんのほうが、罪としては重いです。渡部さんの場合は個人の性的趣味嗜好としか考えられない。これは“不倫”ではなく“不貞”です」

 渡部氏は会見の場で、六本木の多目的トイレにて不倫相手と性行為に及んだという先の報道について全面的に認めた。梅田氏はこの件に関して「人がどんな性癖や願望を持とうが個人の自由であり、それを否定すべきではない」と前置きしつつも、次のように述べた。

「ほとんどの人間はその気持ちを想像力で補う。しかし渡部氏の場合は実際にできてしまう特権を持っていたのが問題でした。彼が築き上げてきた地位が、思わぬ落とし穴となったのです」

◆不倫ほど面白い恋愛はない。だから不倫はなくならない

 また、女性としての観点から次のように擁護する姿勢も見せる。

「今回のケースでは、状況から見て相手の女性が合意の上だった可能性が高い。彼女の心中はわかりませんが、有名人と秘密を共有することを選んだなら、リークすべきではなかった。彼の行為だけが卑劣だったとは言い切れません」

 時代の変化により、不倫も形が変わってきていると言う梅田氏。

「かつて不倫といえば、既婚男性と独身女性とのカップルが定番でしたが、近年は人妻不倫やW不倫など、さまざまな形がある。人に感情がある限り、どの時代でも不倫はなくならない。いま不倫を批判している人たちも、自分がいつどうなるか、なんてわからないでしょう」と語り、「小説やドラマの題材としても、不倫ほど面白い恋愛はない」と独自の見解を示した。

 不倫の代償は大きい。しかし、時と場合によっては誰にだって起こり得ることなのだ。

◆謝罪はきちんとした設計図を描くことが重要

 終始要領を得なかった渡部氏の謝罪会見は、世間の慈悲心に響かなかったようだ。「歴史に残るダメダメ会見だった」と論評するのは、「謝罪マスター」として活躍中の竹中功氏。会見時、本人および周囲の関係者たちに欠落していたのは何だったのか。そして「謝罪」とはどうあるべきなのかを尋ねた。

「テレビ局側の危機管理能力の甘さ。なし崩し的に復帰を図った渡部氏側の浅はかさ。ここぞとばかりに吊し上げにかかったリポーターの情の薄さ。そして、ろくなリハーサルもなかったであろう会場セッティングの急ごしらえ感……。すべてがダメでしたね」

 さらに竹中氏は謝罪場面に必要不可欠なポイントについて続ける。

「『誰が』『誰に対して』『何について』謝っているのか。これを明確にするのが謝罪のセオリー。それをふまえて『今後、妻を裏切りません』など起こしたことの問題点に気づき、具体的な再発防止策を述べるべき。さらに、会見ではリポーターに何を質問されるのか、世間は何を知りたいのか。事前に想定されることを把握して“謝罪の設計図”を描くのが重要です」

◆歴史に残るダメダメ会見

 会見では「本当に申し訳ございません」と芸がない言葉を繰り返していた渡部氏について、竹中氏は次のように苦言を呈した。

「彼は司会やグルメタレントなど、芸人とは違う側面も見せていた。さらに人気女優を妻にしてイメージも上げたことで、本来の“芸人”としての立ち位置を忘れてしまったのでは。相方である児嶋一哉氏が『天狗』と発言していたというのもうなずけます。地位があっても、芸人として『自分を笑う』という精神を忘れないことが大切。『スミマセン、所詮芸人ですから』と“自虐”し笑いに昇華させていたら周囲は納得したかも。サプライズとして会見の場に児嶋氏を登場させるというアイデアもあったのでは」

「謝罪のゴールは世間に理解されること」という竹中氏。「周りから理解が得られれば、やがて『アイツはしかたないな、次がんばれよ』と応援に変わることもある。もう一度、相方とネタを作って出直してほしい」とエールを送る。

 人々の心を打つ謝罪には、しっかりとお膳立てされたシナリオ設計が必要不可欠ということだろう。

【評論家・佐藤直樹氏】
九州工業大学名誉教授・評論家。専門は世間学、現代評論、刑事法学。著書に『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』(PHP新書)、作家・鴻上尚史氏との共著『同調圧力』(講談社現代新書)など。

【作家・脚本家・梅田みか氏】
作家・脚本家・エッセイスト。人気テレビドラマ『お水の花道』『花咲舞が黙ってない』などの脚本を手がける一方、著書『愛人の掟』シリーズは不倫に悩む女性たちのバイブルとしてベストセラーに。

【謝罪マスター・竹中 功氏】
「謝罪マスター」。元・吉本興業専務として活躍後、個人事務所にて危機管理コンサルタントや作家として活躍中。著書に『吉本興業史』(角川新書)など。現在はワタナベエンターテインメント顧問。

<取材・文・撮影/櫻井れき 時弘好香(本誌)>

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