“Fラン”大卒の管理職は肩身が狭い?「大学は行ってなかったことに」

日刊SPA! / 2021年1月12日 8時52分

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「私はいわゆる“Fラン”大卒。そのおかげで大変な苦労をしてきましたし、これからもするでしょう。一生後悔するのです」

 自虐的にこう言って笑うのは、地元九州の私大卒・藤間慎二さん(40代・仮名)。現在は東京のベンチャー企業で取締役を務めており、部下を厳しく叱責する強面上司。だが、話が学歴に及ぶと途端に顔色が曇る。

「Fランク。偏差値が35以下、もしくは定員割れをしていて、偏差値の算出が不可能な最底辺の大学のことです。私の大学も、予備校の資料には偏差値“~35”と記載されていました。実際、掛け算の九九が微妙なやつ、アルファベットがAからZまで書けないやつもいましたね」(藤間さん、以下同)

 藤間さんは九州の雄・国立の九州大学を志望していたのだが、センター試験で失敗。九州なら九大以外は大学じゃないと思っていた手前、関東の有名私大を受験するもこちらも失敗。親から「浪人は許さない」と言われ、ギリギリのタイミングで「願書を出すと同時に合格通知が届く」と笑い物にされていた母校に進学したのである――。

 Fランと呼ばれる大学を出た人たちはその後どうなるのか。今回は、彼らが今感じている「ホンネ」に迫った。

◆Fラン卒・管理職の立場はツラいよ

「会社内でもそれなりのポジションにいて、部下も慶応・早稲田にマーチ、関西でも関関同立くらいの子しかいませんから、学歴を聞かれるとツラい。九州の私大? あ、S大? F大?え、じゃあどこなんですか? みたいな。微妙な空気になったところで私の大学の名前を言っても、それどこにあるんですか? みたいな」

 現在のように大学全入学時代ではなかった当時、大学に行っているだけでも「許される」風潮があったが、大学進学率が上がった今、Fラン卒・中間管理職の立場は悪くなる一方だと感じているという。極め付けは……。

「フェイスブックに同窓生が数人いますが、誰一人出身大学を記載していない。していても高校まで。あの大学のことには、誰も触れたがらない。もちろん同窓会もない」

 SNSのプロフィールが「高校卒業」時点までの人の中には、こうした背景がある人が少なくないようで……。

◆「大学は行かなかったことにしている」

「地元では、出身高校を言えば『おー!』、出身大学を言えば『え? どうしたの?』と引かれます」

 こう話すのは、千葉県内の公立御三家とも言われる高偏差値高校を卒業した福本由希子さん(仮名・30代)。高校の偏差値は70を超え、高校入学時には「末は東大、慶応・早稲田か」と期待されたが、途中から勉強についていけなくなり、本当なら留年だったところを、教師の温情によりなんとか卒業。

 当然、早慶どころか、偏差値40付近の大学にも落ち、関東のFラン私大に人知れず進学した。

「伏せていたら、高校の同級生からもいまだに『あれ? 大学どこ行ったんだっけ?』と聞かれます。最初は大学名を言っていましたが、最近では『行かなかった』と説明します。授業のレベルも低く、友達もできず学習もできない。ただ恥を得に行っただけの4年間でした」(福本さん、以下同)

 大学進学率が上がっただけでなく、少子化により必要とされない大学はこれからどんどん潰れていくとも言われており、有名大学などでも統廃合が相次ぎ、各大学が生き残りをかけて試行錯誤している。

 そんな世情の中、Fラン大なんかいらないのではないか、就職したり専門学校に行った方がマシなのではないか、そんな声も聞こえてくる。
 だが一方で、「Fラン大と言われても、行ってよかった」という卒業生もいるのだ。そんな2人に話を聞いてみた。

◆偏差値やネームバリューより「何を勉強できるか」

 確かに、算数ができない、アルファベットも書けないような人間が大学に行く意義など皆無に思えるが、それに真っ向から反論するのは、現役のFラン大生・吉川愛弓さん(20代・仮名)だ。

「幼い頃から興味のある分野があって。その研究分野の第一人者がいる今の大学に入学しました。高校の偏差値は68くらい。親や担任から、この学校はやめたほうがいいと言われましたが、私にとっては偏差値とかネームバリューより、何を勉強できるかが重要。

 確かに、いろんな学生がいるのも事実ですが、好きな勉強ができているのでストレスもない。日本はいまだに偏差値重視です」(吉川さん)

「Fラン大に通っている」「Fラン大出身」というレッテルだけ見て反応するのは、本質を見ることができないと自白しているようなもの、なのかもしれない。

◆Fラン大学から国立大学院に「あの時、Fランに入れたからこそ今がある」

 有名国立大学大学院出身、現在は超一流国立大学の薬学系研究室に籍をおき、日夜研究に励む所正一郎さん(30代・仮名)が指摘する。

「私自身、地元の適当な工業高校に進学し、大学なんか行くつもりもサラサラなかった。高2の冬、父が難病にかかり仕事を辞めざるを得なくなった。しかし、その頃開発された薬で劇的に良くなり、薬に興味を持ちました。工業高校だったけど、なんとか薬学系の勉強をしたいと担任の先生に相談して」(所さん、以下同)

 通っていた高校の偏差値は40程度。Fラン大の受験にも失敗してしまう可能性があったが、英語や数学など、中学の参考書からやり直し、Fランの理系私大になんとか合格した。

「何より重要なのは、勉強がしたいと思った時に、勉強ができる場所があること。あの時、Fラン大がなければ、私のレベルでは入れる大学がなく、勉強を諦めていたはず。どんなレベルからでも勉強ができる環境があること、それがFラン大の存在意義で、無くしてはいけないんです」

 そんな所さん、陰ではFランだと馬鹿にされながらも、懸命に勉強し国立大の大学院に進学。東大や京大出身の仲間たちとともに研究に励み、もはや所さんを「Fラン」と笑うものは誰もいないという。

 Fラン大をなくせ、という風潮は再出発、再チャレンジができない世の中に突き進んでいくことではないのか。日本の学術現場から、もう二度とイノベーションが産み出されない、そんな悪夢が現実になる可能性すらある。<取材・文/森原ドンタコス>

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