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復権を狙う安倍前総理。憲法秩序破壊の虚偽答弁を許してはいけない<ジャーナリスト・倉重篤郎氏>

日刊SPA! / 2021年6月2日 8時45分

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◆安倍虚偽答弁は憲法秩序破壊

 憲法改正のための国民投票法改正案がこの国会で成立する見通しとなった。焦点のCM規制で自民党が立憲民主党の修正要求を全面的に呑む、という妥協が成立したためで、2018年から9国会にわたり採決が先延ばしされてきた改憲手続法がようやく整備されることになった。

 背景には、菅義偉首相が自らの再選戦略のため、改憲に必ずしも不熱心ではないとの証として、安倍晋三前首相ら自民右派勢力を引き寄せる狙いがあった。立憲側も「何でも反対」ではない、という切り替えのタイミングを伺っていた。

 改正そのものには異議はない。改憲自体が否定されるものではないし、そのための制度、仕組みを完備させておくことは国会の使命である。今後はCM規制のみならず、最低投票率、投票所の整備といった先送り課題についても、時間をかけて徹底的に詰めることだ。

 ただ、不満がある。直近に起きたことで、憲法にとってはより重要、死活的なテーマと思われる問題が、全く議論されなかったことだ。

 それは、国政の最高責任者が国権の最高機関で、118回にわたり虚偽答弁していた、という前代未聞の国会愚弄事件をなぜ、衆参両院の憲法審査会が、憲法に関わる自分たちの問題として取り上げなかったのか、という根源的な疑問である。

 虚偽答弁とは、安倍氏が首相時代に行った、例の「桜を見る会」をめぐるものだ。実際にはその前夜祭費用を安倍氏側が補填していたにもかかわらず、平然と繰り返し嘘をついていた。衆院調査局の調べは、答弁は19年11月から20年3月までのべ33回の衆参本会議や委員会で行われ、「事務所は関与していない」という趣旨の答弁が70回、「明細書は無い」が20回、「差額は補填していない」が28回だった、という。

 憲法は、第五章で首相権限について、国務大臣の任免権、行政各部の指揮監督権、衆院解散権を明示、行政の最高責任者としての地位を授権する一方で、第四章冒頭の第41条で「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」とうたっている。

 あらゆる行政権限の体現者である首相は、国民の代表たる国権最高機関の立法権保障のため、その傘下にある行政機関をフルに活用し最高度の情報、データを提供する義務を負っている。根拠のない情報、ましてや、明らかに嘘と認定されるものが入り込む余地はゼロである。それが憲法が行政、立法関係に与えた不動の秩序である、と解釈できる。

 その点からすると、安倍氏の三ケタ回数に及ぶ嘘答弁は、単なる政治倫理問題を越え、行政・立法間の憲法秩序を破壊した、と言える。このことを甘く見るべきではない。曖昧、半端に処理すれば、これが前例として残り、憲法の規範力が著しく劣化する。国会はその権能を死守するためにも、与野党を超え、この秩序破壊者に対し、決然と抗議し、しかるべき制裁を科すべきであった。

 「憲法について広範かつ総合的に調査を行う」目的で発足した憲法審査会こそがまさに、その任を担うべきであった。自民党から言い出しにくいなら、野党から「この憲法秩序の回復なくして憲法論議はあり得ない」と提起し、憲法抵触・破壊事例として調査・審議を重ね、安倍氏を参考人として聴取すべきであった。前首相だからと言って手抜きすべきではない。首相であったゆえに罪が重いのだ。

◆当面菅支持の「復権シナリオ」

 その安倍氏が政治活動を再開している。昨年12月「桜を見る会」事件で秘書が略式起訴されてからはしばらくは鳴りを潜めていたものの、4月以降徐々に表に出始めている。

 まずは、原発再稼働・新増設の応援団役として名乗りを上げた。4月12日「脱炭素社会実現と国力維持・向上のための最新型原子力リプレース(建て替え)推進」議連が発足、会長には稲田朋美氏が就任、安倍氏は、額賀福志郎、甘利明、細田博之各氏らとともに顧問に収まった。

 菅政権の2050年カーボンゼロ公約達成のためには、再エネでは足りず、どうしても原発新増設が必要だというのだ。顧問就任は、可愛がってきた稲田氏から頼まれたのであろう。菅官邸でも内閣官房参与(エネルギー政策等)に残る今井尚哉元安倍首相秘書官の存在もまた見え隠れする動きであった。

 改憲でも発信を再開させている。同月22日「保守団結の会」という党内右派グループの会合に出席、持論の国家観をぶち上げた。民間改憲派グループが開いたシンポジウムにもパネリストとして参加、「新しい薬が大変よく効いている」と体調回復をアピールし、安倍政権の間は憲法改正の議論をしないと言ってきた立憲民主党の枝野幸男代表を引き合いに、「もう私も首相じゃないのだから議論すべきだ」と挑発してみせた、という。自民党憲法改正推進本部の最高顧問にも就任した。

 5月3日には、BSフジの報道番組「プライムニュース」に出演、ポスト菅など政局にも踏み込んだ私見を披露した。五輪については「菅首相や小池百合子都知事を含め、オールジャパンで対応すれば、何とか開催できると思う」と発言、「私が突然、病気のために辞任した後、菅首相は大変だったと思う。この難しいコロナ禍の中で本当にしっかりやっている」「昨年、総裁選をやったばかり。その1年後にまた総裁を代えるのか。自民党員なら常識を持って考えるべきだ」「一議員として全力で支えることが私の使命だ」などと語り、菅続投を支持する考えを明らかにした。

 安倍氏の狙いを察するに、以下のようなものであろう。政局運営は行けるところまで菅政権で行こう。安倍氏の足場である細田派が96人、盟友の麻生太郎氏が率いる麻生派が53人。この2派閥ががっちり手を握れば自民党国会議員の半数近くを占め、キングメーカーとして君臨できる、という計算だ。

 菅政権である限り、アベノミクスや日米同盟強化という自らの路線は引き継がれる。8年近く官房長官として使って来た気安さもある。何よりも、政局の主導権を握り続けていれば、万が一菅政権が行き詰まった時には、自ら再々登板するチャンスが出てくる、という思惑も消えていない。自民党総裁任期は、現在「連続3期9年」と党則で決まっているだけで、連続でなければ、何度でもなれる。戦前ではあるが、かつて郷里の先輩であった桂太郎は3回、伊藤博文は4回首相の座に就いている。自民党則ほど、時の権力動向により変幻自在、何とでもなるルールはない、というのが過去の教えるところである、と。

◆人材払底、政権党の資格なし

 私の憲法観からすれば、安倍氏は憲法秩序の破壊者として、憲法審査会で聴取対象となるべき人物である。本来は議員辞職すべきところ、政治家として最低限のモラルであった離党もせず、ひたすら世論の忘却効果を待つ、という不徳の政治家である。

 かつて、竹下登元首相が自らの不祥事について国会証言で「万死に値する」と頭を垂れたことがあった。リクルート事件、皇民党事件など、いろいろなスキャンダルを抱えこんでいた人物のつい口から出た反省の弁であったが、むしろ、この言葉は国会を多数回欺罔した安倍氏のためにあるようなものであろう。

 そんな安倍氏の復権シナリオが、いかにもありうることのように喧伝されるのが、今の政権与党の惨状であり限界ではないか。かつての自民党ではありえまい。野中広務や梶山静六、後藤田正晴各氏ら直言居士たちが現役であれば、安倍氏のような立ち回りは、たちどころに批判され、政界から放擲されるであろう。

 ことの本質は自民党内の深刻なまでの人材劣化・払底である。派閥全盛時代には、次を狙う、そこそこの人物がネクスト・バッターズ・サークルで、ビュンビュンと音を立てながらバットを素振りしていたものである。佐藤栄作氏の後の「三角大福中」がそうだったし、中曽根康弘氏の後の「安竹宮」もそうだった。橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗各氏あたりから層が薄くなった。

 ポスト小泉純一郎では、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎各氏と歴代首相の孫子にリクルートの輪を広げなければ人材を得られなくなった。

◆野党には自民党から政権を奪い返す重要な任務がある

 そして、極め付けがポスト安倍である。菅首相という選択で、自民党は、本来は裏舞台にいるべき人を表に出さざるを得ないところまで追い詰められた。

 首相になるための訓練、努力をすることもなく、官房長官として8年間カネと人事権で権力を増長させてきただけの菅氏が首相職をうまくこなせるはずはなかった。コロナで検査体制、医療体制を十分整えられず、何よりもワクチン戦略で完膚なきまでに欧米に劣後した。「コロナ敗戦」「ワクチン敗戦」のA級戦犯と言われてもおかしくない。

 本来であれば、党内で喧々諤々の論争があり、政策、路線が修正されていくべきであろうが、それができない。次なる人材が現政権の失態をきちんと批判し、代案を準備すべきであろうが、それができない。ただひたすら現権力の人事権、公認権、解散権の元にひれ伏すのみである。

 そんな自民党に政権運営の資格はない。野党は、次の衆院選で、人材払底の自民党から政権を奪い返す、という重要な任務があることを認識すべきだ。その方が「安倍復権」の腐臭を漂わせる自民のためになる。

<文/倉重篤郎 記事初出/月刊日本2021年6月号より>

くらしげあつろう●毎日新聞客員編集委員。1953年、東京都生まれ。78年東京大学卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

―[月刊日本]―

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