心に残る真中さんの“叱責”「あの場面ではあんな風に言うしかなかった」

スポニチアネックス / 2017年10月13日 10時1分

ラストゲーム後、ビジョンを見て涙ぐむ真中監督

 何時間、待っただろうか。時計の針は午前2時を回っていた。ホテルのロビーで、ヤクルト・古田監督の帰りをつかまえようとした。

 遅い食事を終えたのだろう。ようやく待ち人が姿を見せた思ったら、当時現役だった真中さんも一緒だった。「これはまずい」と思った。古田監督に聞こうと思ったのは、「今年で退団するという情報を聞いた」という非常にデリケートな内容だった。

 二人で話をしたかったが、古田監督はありがたいことに、「何が聞きたいんだ。今ならば何でも答えるから」と言ってくれている。少々困ったが、腹をくくって聞くと、隣にいた真中さんから「この時間に何聞いているんだよ」と怒鳴られた。古田監督には「まだ、何も決まっていない。本当に決まっていないんだ」と返答された。

 翌日もナイターで試合があった。その数時間後には、グラウンドで古田監督、真中さんとも顔を合せた。古田監督には「もう勘弁してくれよ」と言われた。真中さんからは「おう、昨日はご苦労さん。あの場面では、俺もあんな風に言うしかなかったからな。でも、新聞記者だから仕方ないよ」と笑ってくれた。

 新聞記者というのは、取材対象者と毎日顔を合せながら、いいことだけでなく、相手が聞かれたくないことを聞くのも仕事だ。そんなこちらの状況も瞬時に察知し、真中さんなりに機転を利かせてくれた気遣いだった。

 その後、現役を引退し、2軍コーチから2軍監督を務め、1軍コーチ、そして1軍でも真中監督となった。ヤクルト担当から、他球団の担当が替わっても、真中さんの評判のよさは耳に入ってきた。当時、日本ハムでコーチを務め、今季は真中監督の参謀役を務めた三木コーチが「あんなに器の大きい人はいない」と評していた。2軍では山田、雄平、川端、中村らを育て、13年にイースタン・リーグで優勝し、1軍監督となった2015年には就任1年目でリーグ制覇に輝いた。

 ヤクルトを担当したのは07年、真中さんは現役の晩年で、代打の切り札だった。記者よりも年齢は1歳上。遠征先で鉄板焼きをごちそうになったこともあった。当時は「俺は自分から現役引退はしないよ。どこまでも、球団にしがみついてやるよ」と冗談めかしていたが、指揮官として2年連続でチームが低迷すると、球団からの慰留を断って潔く責任を取った。現役時代はいつも笑顔だった真中さんが、今季最終戦後には涙のスピーチ。テレビで見ていて、いろんなことを思い出した。(記者コラム・横市勇)

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