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岡村孝子 急性白血病の壮絶な闘病生活 母と娘、ファンの支えが「遠くに光る明かりのように見えて」

スポニチアネックス / 2021年11月26日 14時42分

シンガー・ソングライターの岡村孝子

 2019年4月に急性白血病を公表し、昨年1月に仕事復帰したシンガー・ソングライターの岡村孝子(59)が26日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。白血病の闘病生活を振り返った。

 岡村は24歳になる娘と母と3人暮らし。急性白血病であることが発覚し、娘の「私のために闘病して。治療をして」という言葉に「自分のためだったらしんどいけど、娘を残しては死ねないので治療をしようかなと思いました」と闘病を決意した。2019年4月に入院し、抗がん剤治療を受けたものの、「目標がやはり治療して、完治したい、完治してもう一度ステージに立って歌いたい、ということだったので、そうすると抗がん剤だけではちょっと無理で。さい帯血移植を(受けました)」と明かした。

 薬の副作用が大変だったかと振られると、「最初の抗がん剤は最近すごく吐き気止めが優秀で。全然吐かなくて意外と大丈夫だなと思っていたんですけど、さい帯血移植の前に、白血球をゼロにするので、それは抵抗力が全くなくて、毎日吐いたり、トイレまで行く距離が歩けなかったりとか」と苦しかった日々を振り返った。

 無菌室での生活は「5カ月間だったんですけれども、風も日も当たらないし、小さな窓はあるんですけど、素晴らしい景色が見えるとかでもなく、今季節がいつかということも、全然分からなくて」と話したが、母が毎日、洗濯物を届けてくれていたとし、「あとどうしても死なさないというか、心配で顔を見に来てくれたりしました」と感謝した。岡村は娘についても「もう辛いなと、先が見えないなと思っていたときは、『退院したらコンサートするに違いないから、セットリスト決めといたら』って入院する前に出した『フィエルテ』というアルバムを(音楽プレーヤーに)入れてくれて持ってきてくれたり、結構前向きな、お尻を叩いてもらってました」と話した。

 ファンからのエールも支えになった。「もう千羽どころか万羽にもなる鶴を送って下さったり、七夕の日に、七夕ツイートって『元気になって下さい』とか、皆で頑張れってツイートをたくさんしてくれたり、お守りをもらってきてくれたり」と語ると、「そういういろいろな方の支えが無菌室にいると見えないんですけど、遠くに光る明かりのように見えて、そちらに向かって歩いて行くというイメージで戦いました」と笑顔。19年9月末に退院すると、「やっと帰って来れた。もしかしたら年を越したら私、いないかもしれないって入院中に何度も思ってのでうれしかったです」としみじみと話した。

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