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「大谷翔平を思い起こして下さい」の真意 ついに初勝利も…熟成途上露呈したラグビー日本代表の課題

THE ANSWER / 2024年8月31日 16時3分

エディー・ジョーンズHC【写真:Getty Images】

■テストマッチ4戦目で初勝利を飾ったエディー・ジャパンを検証

 ラグビー日本代表は25日(日本時間26日)、カナダ・バンクーバーで行われた同国代表とのパシフィックネーションズカップ(PNC)プール第1戦を55-28で制して、新体制でのテストマッチ4戦目で初勝利を飾った。9年ぶりに復帰したエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)の下で「超速ラグビー」という新たなコンセプトを謳い、若手を積極的に起用する中での待望のテストマッチ初白星。チームには自信と追い風にはなった一方で熟成途上も露呈。初勝利を遂げた80分間の戦いで浮かび上がった「超速」の課題を振り返る。(文=吉田 宏)

 ◇ ◇ ◇

 代表HC復帰後初めてのテストマッチ勝利に、試合後の会見では終始にこやかだったエディー。しかし、チームの戦いぶりを振り返るコメントに、新生日本代表の「いま」が滲んでいた。

「前半は我々が目指すラグビーが出来ていた部分が多かったと思います。フィジカル面も見せられたし、ボールを動かし続けることも上手く出来た。しかしながら、若いチームにありがちな、どうしても前のめりになるシーンが多かった。『もっともっと』という気持ちでボールのコントロールが上手く出来ない場面が、後半特に多く見られた。フィジカリティーやプレーの精度が落ちた面がありましたが、敵地バンクーバーで歴史を変える記録的な勝利を収めることができたと自負していますし、結果としては良かったと思います」

 議論を呼んだ代表HC復帰から、キャップ対象外のマオリオールブラックス戦で1勝を挙げたもののテストマッチは3連敗。結果が欲しいのは選手以上に指揮官だったかも知れないが、チームのリアルな現実もしっかりと指摘した。

 ここまでに敗れた相手は、イングランド(世界ランキング5位、対戦当時)、ジョージア(同14位)、イタリア(同8位)の3か国。ランキングでは日本(12位から14位へ降格)の上位ないし同等のチームだったのに対してカナダは21位。1991年ワールドカップ(W杯)ではベスト8という実績を持ちながら、昨秋のフランス大会は出場を逃すなど長期低落傾向にあるチームからの白星だった。

 ゲーム内容も、エディーが語ったように諸手を挙げて喜べるものではなかった。前後半のスコア(38-7、17-21)からも明らかだが、後半はかなり劣勢の戦いを強いられた。終了直前に攻め急いだカナダが自陣から仕掛けた強引なカウンターアタックを、インターセプトして日本が奪った5点を差し引けば、苦闘ぶりがさらに鮮明になる。カナダ戦過去最多の55点をマークしながら、地域獲得率47%、ボール保持率48%というデータが苦闘を物語る。

 前半4分の先制トライが示すように、勝つために重要な序盤戦の主導権争いで優位に立ったのは日本代表だった。テストマッチ初先発ながら、得意の素早いパスワークと果敢な防御をみせたSH藤原忍(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)が振り返る。

「カナダ戦へ向けてフォーカスしていたフィジカルでFWがしっかり前に出てくれたおかげで、持ち味であるスピードを出せたと思います。10番の李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)とのコミュニケーションもうまく取れていて、迷うことなくプレー出来ました」

 藤原が語ったように、FWの奮闘で日本代表が目指すテンポでボールを展開出来たこと、そして若いHBコンビによるスピード感のある連続攻撃が、前半戦の戦いを支えたのは間違いない。この2つの勝因はここまでの3敗からの改善と評価したいが、ゲームを観ていて気になったのは日本のパフォーマンス以上にカナダの防御だった。

■世界21位相手でも接点で重圧をかけられると苦戦を強いられ…

 スピードのある日本の連続攻撃を意識するあまり、前半のカナダは接点でのボール争奪戦に人数をかけずに次のフェーズに備えた防御ラインをしっかりと準備することを意識していた。密集戦への参加を見切る選手が目立っていたのだ。その結果、ブレークダウンでソフトな圧力しか受けなかった日本が密集からの速い球出しを出来たことで、藤原が指摘したようなスピードのある連続攻撃から前半の5トライを積み重ねることが出来た。ここまでのテストマッチ3試合では、立ち上がりこそスピードを見せても、開始15分、30分と経過する中で重圧を受けてしまい、結果的に前半は1試合平均0.67トライしか奪えていない日本代表が、これだけの大量トライをマークして優位に立てたのは、カナダの防御プランに負う部分が大きかった。

 後半に苦戦を強いられたのも、カナダが前半以上に接点で日本に重圧を掛けてきたことが大きく響いた。イングランドやジョージアが前半途中で対応してきたことを、カナダは前半終盤からし始めた。見方を変えれば、世界21位のチーム相手でも、接点で重圧をかけられると苦戦を強いられるのが、いまの若い日本代表のフィジカリティーだ。

 主導権を握って攻め続けた前半の日本代表にも、気懸かりな部分は目についた。ここまでの3試合から変わらない安易なハンドリングミスの多さだ。アタック機会が多ければミスの回数も増えるものだが、前半18分のミッドフィールドでのスクラムからの右展開、同33分の中盤での左展開では、簡単なパスミスであわや切り返されてのトライになりかねない窮地を自分たちで作り出し、37分の左展開からの連携ミスによるファンブルでは、実際にカナダにトライを奪われている。

 精度の悪さについてエディーは「勝っている場合には、どうしてもイージーなことをしがちになってしまう節があると思う。ランをしたいとか、パスをしてスペースにどんどん入り込んでいきたいという思いがあったのだろう。しかしながらテストラグビーでは、基礎的な部分を丁寧にやり切らないといけない。後半はディフェンスで上手く出来なかったところがあった」と指摘。確かに後半も、12分の中盤左展開でのファンブル、それに続く自陣ゴール前でのキックチャージ、25分のラインアウトからの右展開でのパスミスと精度という課題は最後まで続いた。「そういったプレーが、どうしてもつまらないミスだったり、ペナルティーに繋がってしまったと思う。チームには、今後へ向けていい学びになったと思う」と指揮官は課題を指摘したが、前半3だった反則数が後半9へと激増したことも後半の苦戦を物語る。

 6月のチーム始動からすでに6週間を超える強化を続けてきた。だが、メンバーには代表経験値の低い選手が多く、その中でカナダ戦でも初キャップとなったCTBニコラス・マクカラン(トヨタヴェルブリッツ)のように、メンバーの入れ替えも顕著だというチーム事情も、プレー精度が上がらない要因だろう。エラーシーンを見ると、前半39分のFB矢崎由高(早稲田大2年)のキックカウンターのように、ギリギリまで自分でボールを持ち込んでのオフロードパスが繋げられないなど、エディーが指摘する「ボールコントロールが上手く出来ない」プレーが未だに目立つのがチームの実情だ。

 これまでも指摘してきたが、個人のスキルとコンビネーションの未成熟による精度の低さやミスは、時間をかけて仕上げていくしかない。指揮官も、テストマッチを「絶対に勝つ」と繰り返しながらも、リアルな新生ジャパンの現状をこう指摘する。

「我々が目指す集団的にプレーをするというところに関しては、パスごとにコミュニケーションが必要ですし、アタックラインでもパス1つ1つの精査が必要だということが課題に挙げられます。これを80分間やり続けることが目標ですが、しばらくはフルタイムやり続けることはどうしても難しい部分もあるかも知れない。選手ごとの関係性を密なものにしていかなければいけないし、連携も深めないといけない」

 エディーが掲げる超速ラグビーが、個々の選手のスピードに止まらず、判断や組織として動くことの速さまでも求めていることを踏まえれば、選手に求められることは必然的に増えていく。プレーの癖はもちろんだが、性格面まで知り尽くして、80分間の中でどうコミュニケーションを速め、よりスピーディーな組織プレーを体現できるのか。この磨き込みこそが、いま日本代表が取り組んでいるものであり、PNCでの課題になる。日本はこの後、米国戦(9月7日、埼玉・熊谷)から準決勝(順位戦)、決勝(最終戦)とPNCで3試合が残されている。対戦相手は順次実力のあるチームになるが、それでも最高位はフィジーの10位レベル。互角ないしそれ以上に戦える相手との戦いは、勝敗以上にプレーの精度も含めてどこまで組織として一体感、完成度を高めることが出来るかがテーマになる。

■エディーが語った「大谷翔平を思い起こしてください」の真意

 カナダ戦前の後の会見で、エディーと、こんな質疑のやり取りをした。

「テストマッチでは勝利がマストであると同時に 今のチームの攻め急いでいるプレーなどを見れば、PNCで組織としてどれだけ精度を高められるかが1つの大きなテーマではないか」

 エディーの答えは明快だった。

「そうだと思いますし、一貫性というのが大きな課題だと捉えています。どうしても試合中に興奮して盛り上がってしまう部分と失望してしまう部分が、それぞれの選手の状況判断に影響を及ぼしているのは否めない。(カナダ戦も)どうしてもパスを何とかつなげようとしてしまうシーン、例えば矢崎がラインブレークした後につまらないパスを放ってしまったプレーを見れば、正直テストマッチプレーヤーとしては、してはいけないことだと思います。しかし本人たち、若い選手たちはスキルを磨いている途中です。ここは我慢であり、忍耐力が必要な部分だと思っています。だから自分としてはプレーヤーを見守り、次の課題を見つけていくことができると思います」

 そして、指揮官はメジャーリーグで大活躍する日本人選手を例えに挙げた。

「大谷翔平を思い起こしてください。若手の時はまだまだ何でも打ちたい、投げたいと思っていましたが、彼がこれほど偉大なプレーヤーになったのは、何をしっかりと打つのか、バッターボックスで何をするべきか、何を見逃していいかという明確な判断ができるからだと思っています。いま大谷は30歳で経験を身につけています。我々はまだ発展途上だと思っていますが、必ず経験は身についていくのです」

 さらに、カナダ戦前の会見で指揮官が語った2027年W杯までの“ロードマップ”が、現在このチームが何にプライオリティーを置いているのかを物語っている。

「W杯までの最初の3年間に関しては日本のラグビーの基盤を作っていく時間だと考えています。現在はどうしても経験不足ということは否めないが、ここから経験とキャパシティを積み上げながらテストラグビーが出来るチームになっていきたい。もちろん試合をするからには全てのゲームで勝ちにこだわっていきたい気持ちは変わりませんが、最初の3年間はチームを育成しながら勝利を求めるという意味で、私は2つの責任を果たさないといけないと認識しています」

 従来、代表チームは、国際舞台で戦える素材をいかにチームとして戦える組織に仕上げるかが大きな目的だ。国内でも有数の食材を集めて、いい料理を作るようなものだ。エディージャパンでは、本来は育成チームやU20などエイジ代表で鍛えられて代表昇格を目指す世代、レベルの選手も「代表」に組み入れて強化を進めている。このような強化の在り方に対する賛否の声も聞こえてくれば、リーグワン選手の中からも「何故、大学生や若手が選ばれて実力が上のリーグワン選手が選ばれていないのか」という不満や疑念の声が聞こえてくるが、この議論はあらためてテーマアップしていきたい。

 いま重要なのは、実績の有無に関係なく実際にエディーが選んだ選手たちが、PNC期間中にどこまでチームとして熟成し、再びトップレベルの強豪と渡り合えるチームに成長できるかだ。世界21位のカナダ相手には、まだまだ課題を露呈しながらも、強みのスピードを武器にしたアタックでトライを獲り切るラグビーは見せることが出来た。PNCの残る3試合で、さらに一貫性を持ったチームに仕上げることが出来るのか。秋に待ち受けるニュージーランド、フランス、そしてイングランドというビッグネームを本気にさせるための試金石となる戦いが続く。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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