西城秀樹さん死去 大阪でも悲しみの声「大阪球場コンサート行った」

THE PAGE / 2018年5月17日 17時30分

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[写真]かつて大阪球場が建っていた場所は現在「なんばパークス」(中央下)に。屋上に西城さんの手形レリーフが現在も飾られている=4月30日、大阪市浪速区で(撮影:柳曽文隆)

 「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹さんが16日、急性心不全のため横浜市内の病院で死去したニュースを受け、大阪でも悲しみの声が多くあがっている。

毎年行われていた大阪球場コンサートの思い出

 ツイッターやフェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でも、西城さん死去を悲しむ投稿が多く見られ、関西に関する投稿では「大阪球場のコンサートに行った」といったものも多く見受けられた。

 西城さんの公式サイトによると、1974年に当時、大阪市浪速区にあった「大阪球場」で「ヒデキ・イン・スタジアム“真夏の夜のコンサート”」を開催以来、1983年まで毎年同球場でコンサートを行った。

 そのコンサートに行ったという、大阪市平野区の男性(52)は「毎年夏休み、7月か8月にコンサートをやっていました。僕も中学のころに何度か行きました」と振り返る。

 そして「(西城さんは)クレーンのゴンドラにのって歌ったり、花火もたくさん上がって本当にすごく、かっこよかった。急斜面スタンドに人がいっぱい埋まっていて(当時、同球場をホームとしていたプロ野球球団)南海ホークスの試合より人が入ってた。あの中で聴いた歌声は今も忘れられないです」と話した。

なんばパークスに西城さんの手形とサインも

 同球場があった場所は、現在、複合施設「なんばパークス」となっている。そこにある花や木がたくさん植えられている「パークスガーデン」に、この地に縁のある著名人の手形とサインが書かれたレリーフが多数飾られており、その中に「歌手 西城秀樹」と書かれたレリーフも飾られている。

 西城さんのレリーフには「かってこの地が大阪球場であった頃、1974年から1983年まで10年間行われた『真夏の大阪球場コンサート』は常時超満員だった」という説明も添えられていた。

 先の男性は「さっきニュースを知って、すごくショックですが、こういう方はたくさんおられると思います。私の娘は子どものころにアニメ『ちびまる子ちゃん』で西城さんが歌うエンディングテーマが大好きでした。世代を超えて愛されたスーパースターでしたよね。本当に残念です」と話していた。
地図URL:http://map.yahoo.co.jp/maps?lat=34.6613438&lon=135.5015827&z=18

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