明石家さんまがナイナイ岡村相手にしゃべり“過ぎる”

ザテレビジョン / 2015年1月6日 21時27分

「なるみ・岡村の過ぎるTV」に明石家さんま(写真中)が出演(写真左から岡村隆史、さんま、なるみ)/(C)ABC

1月11日(日)・18日(日)の2週にわたり、「なるみ・岡村の過ぎるTV」(ABCテレビ)のゲストに明石家さんまが出演する。番組では「永久保存版!明石家さんまマル秘伝説 デビューからひょうきん族まで!青春の大阪時代をしゃべり過ぎるSP」と題し、さんまの大阪時代を振り返る。ナインティナイン・岡村隆史は、「この番組はいつもワクワクするけど、きょうはドキドキしてる!」と、いつになく緊張して収録に臨んだ。

さんまは、「最近は衰えを感じるようになったから、岡村たちに任せたいという気持ちにもなってきた」と、50代になって初めて感じた芸人としての衰えについて告白。また、結婚の話になると、「俺は幸せをつかめないタイプ」と、女性との付き合いが長続きしないある理由を打ち明ける。岡村の結婚の話題に移ると「岡村に何人、(女性を)紹介したか!」と怒り出すさんま。以前、岡村に紹介した女性の件で、テレビ局で仕事をしていた岡村の元に怒鳴り込んだこともあるという。

ほか、ABCテレビに残っている一番古いさんまの映像や、その当時人気を博した阪神タイガースの小林繁投手の形態模写、主演コメディー「さんまの駐在さん」の代表シーンを紹介する。そんなさんまがテレビデビューを果たしたのは20歳の時。深夜番組「11PM」(日本テレビ系)に出演したさんまは、「ある意味、ラッキーなデビューだった」と当時を振り返る。その後、MBS製作の人気番組「ヤングおー!おー!」に出演し、一躍人気者に。実は「『ヤングおー!おー!』への出演は一度、断った」というさんまは、その理由を明かす。

'70年代後半、ザ・ぼんち、西川のりお・上方よしお、B&Bという強烈なメンバーと一緒にユニット「ビールス7」を結成。「ボケの食い合いになって、けんかばかり。(吉本興業の)会長からこき下ろされた」と苦い思い出を口に。その一方で、メンバーだったのりおが「ナンパの事をパトロールと呼んでいた」と、当時さんまと組んでやっていたというナンパのテクニックを披露する。

24歳になり、さんまは歌手デビュー。東京と大阪を行き来しながら、レギュラー番組14本と劇場出演が月に20日という過密スケジュールをこなしていたが、この頃ある体調の変化に襲われていたという。

25歳の時、さんまは、松田聖子と「週刊明星」の表紙に。デビューしたばかりで、まだ売れていない聖子に対し、「(芸能界に)向いてないから、やめときや」と言ったその3カ月後、聖子はスーパーアイドルになっていたという。

そして'81年、伝説のお笑い番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)に出演。お笑い界のスーパースターへと駆け上がっていくが、番組は8年で終了。「番組をやめるか、続けるかは俺に託されていた」というさんまが当時の心境を岡村らに伝える。続けて「(「オレたちひょうきん族」が放送されていた)土曜の夜8時は岡村が大事にしてくれてる」とさんまがうれしそうな表情を浮かべると、岡村となるみは「今後はどうしていくんですか?」と直球な質問。ことし60歳を迎える“お笑いモンスター”の答えは?

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