新宿二丁目の「赤ん坊を食い殺した木像」とは? 売春婦・飯盛女の悲しきエピソード...

tocana / 2013年12月2日 17時0分

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 新宿二丁目。いわゆる「二丁目」といえばここを指すことからも分かる通り、日本で一番有名な町区分かもしれない。

 言わずもがな、ゲイ・レズビアンなど同性愛者向けのバーや飲み屋が充実している街として、全国にその名が広まっている。だが、そんな新宿二丁目に「赤ん坊を食い殺した木像」が現存しているのを知る人は、どれだけいるだろうか。

 太宗寺は、狭い路地がひしめく二丁目で、ひときわ広大な敷地が目に付くお寺である。

 江戸六地蔵の一つに数えられる「地蔵菩薩坐像」や「切支丹灯篭」など文化財も数多い。塩を奉納する「塩地蔵」も有名で、江戸時代には新宿の民間信仰の拠点ともなっていた。

 そんな太宗寺の目玉とも言えるのが、閻魔大王の巨大像。

 暗いお堂の中に安置されているのだが、観覧用に電灯のスイッチが備え付けられている。

 ボタンを押せば、一分間だけ灯りが点灯。金網ごしに覗いてみると......

 気の弱い人なら悲鳴をあげてしまうような巨大閻魔が、キッとこちらを睨みつけている! 見た目だけでも恐ろしい閻魔様だが、この像にはなんと、赤ん坊を食べてしまったという恐怖のエピソードまであるのだ......。


■閻魔様の恐怖のエピソード

 江戸時代、太宗寺の付近は遊郭が立ち並ぶ、いわゆる花街として栄えていた。当時から狭い路地には人がひしめきあい、子どもを遊ばせるには太宗寺の境内しかなかったのだろう。このお寺は、大勢の乳母が子どもを連れてくる場所であった。

 ある時、一人の乳母の背中で、赤ん坊が大声で泣きはじめた。

 いくらあやしても、子どもは泣き止まない。

 業を煮やした乳母は、赤ん坊に向かって

「そんなに悪い子だと、閻魔様に食べられてしまいますよ」

と声をかけたのだ。

 すると、赤ん坊の泣き声はピタリと止んだ。ようやく言うことを聞いてくれたと安心した乳母だったが、少しして違和感に気付く。

 背中が、やけに軽い。振り向くと、さっきまで自分が背負っていた赤ん坊がいなくなっていたのだ。

 慌てて境内を探してみても、子どもはどこにも見つからない。ようやくして閻魔大王の像まで辿りついた途端、乳母は悲鳴をあげた。閻魔の口から、一本の紐がダラリとぶらさがっていたのだ。それは、先ほどまで自分と赤子を結んでいたおんぶ紐だった!

 何気なく発した言葉どおり、赤ん坊は、閻魔に食べられてしまったのだ。


■このエピソードに含まれる意味とは?

 これが、閻魔像が「つけひも閻魔」と呼ばれるようになった由来である。

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