【新・東京悪所】新国立競技場を巡る問題の影に徳川家の呪い!? 

tocana / 2014年1月24日 8時0分

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 どうも、オカルト・怪談を研究している吉田悠軌です。

 2020年の東京オリンピックに向け、ぼちぼちと準備が進んでいますね。先のオリンピックと同じように、これから東京の街並みも変していくのでしょうか。しかし、いくら表面の風景が変わろうと、その土地に根付いた「因縁」は残ります。そして隠された歴史という因縁が、表の世界に影響を及ぼすことも......。

 東京の闇をえぐる「悪所シリーズ」は、東京オリンピックに向けて建設予定の「新国立競技場」と、その周辺である「千駄ヶ谷」に注目してみましょう。


■新国立競技場の建設を巡って勃発した問題

 新国立競技場の建設については、今ちょっとした問題が起きています。

1、まず最終コンペを通ったザハ・ハディドのデザイン案。これが、あまりにも斬新なため建設費がかかり過ぎるとして議論の対象に。東京体育館を設計した槇文彦氏をはじめ、日本の建築家たちもザハ・ハディド案に苦言を呈す。

2、当初は千三百億円だった予定が、三千億円規模との試算が出てしまった。

3、辞任表明前の猪瀬直樹氏が「千五百億円まで縮小できる」と発言するなど迷走。

4、そして周知の通り、猪瀬氏の緊急辞任による都政の混乱、加えて資機材の高騰もあって建設業界も大わらわ......。

 オリンピック招致成功の興奮に水をさすように、短期間で様々な問題が浮上しているのです。もはや、この土地そのものが祟られているかのよう......。そう、オカルト好きの僕としては、こうも考えてしまうのです。

「新国立競技場を巡るトラブルは、徳川家の呪いではないか!?」......と。

 いきなり狂ったことホザきだしたよコイツ。そう思われた方もいるでしょうが、まあ聞いて下さい。


■新国立競技場と徳川家

 国立競技場から道路を挟み、東京体育館のある千駄ヶ谷。実はここ、徳川家のお屋敷があった土地なのです。大政奉還の後、流れ流れた徳川宗家は明治10年に千駄ヶ谷へと移り住みます。江戸時代から紀州徳川家の土地だったという経緯もあるのでしょう。宗家が所有した敷地は十万坪、原宿まで達する広大なものでした。1928年、有名な放火事件によって本館(今の東京体育館がある場所)が全焼しましたが、古地図を見る限り、その後また屋敷は再建されたようです。

 しかし1940年、「紀元二千六百年記念行事」の一環で東京オリンピック開催が計画されます。武道館の建設予定地として、徳川宗家の土地は東京都へと譲渡されることに。神武天皇即位から二千六百年を祝う事業のための土地委譲ですから、これもまた徳川家から天皇家への小さな大政奉還と言えますね。もっとも、当時のオリンピク組織委員会長を務めたのが徳川宗家16代当主・徳川家達なので、その辺りの事情が関係しているかもしれません。

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