「アンネの日記」破損被害はなぜ起きたのか? 犯行の意図は?

tocana / 2014年2月24日 17時0分

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 こんにちは、陰謀社会学研究科家の聖橋乱丸である。

 今年の2月に入り、東京都内の公立図書館に所蔵されているアンネ・フランクの日記や、ホロコーストに関する書籍のページが破られる被害が相次いでいる。その被害は杉並区・中野区・練馬区・新宿区・豊島区・武蔵野市・西東京市・東久留米市にまたがり、300冊以上にのぼっているという。

 特に杉並区と中野区の当局者によると、これまでに少なくとも167冊の本のページが破られ、その大半は「アンネの日記」だという。いずれも一部のページをちぎり取るような形で損壊されており、その内容は悪質である。

「アンネの日記」は、ゲシュタポに荒らされた隠れ家の中に残され、支援者に大切に保管された後に、戦後唯一生き残ったアンネの父オットー・フランクによって出版された本で、オットーは娘アンネの「戦争と差別のない世界になってほしい」という思いを全世界に伝えるため、日記の出版を決意したといわれいる。「アンネの日記」は60以上の言語に翻訳され、2,500万部を超える世界的ベストセラーになった。日本語版は昭和27年に『光ほのかに アンネの日記』というタイトルで文藝春秋から出版されたのが最初である。

 1944年7月15日の『アンネの日記』には次のような記述がある。
 
「自分でも不思議なのは私がいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。だって、どれもあまりに現実離れしすぎていて到底実現しそうもない理想ですから。にもかかわらず私はそれを待ち続けています。なぜなら今でも信じているからです。たとえ嫌なことばかりだとしても人間の本性はやっぱり善なのだと」(「アンネの日記」(文藝春秋)より引用)

 この言葉はアンネ・フランクの代表的な言葉としてよく引用されている。アパルトヘイトと対抗したネルソン・マンデラ氏は、つらい時にこの「アンネの日記」を読んで、勇気づけられたと生前語っており、特にこの代表的な記述を見て、自分も希望を失わなかったということを言っているほどある。

 その「アンネの日記」が日本の東京で破られているという。また、「アンネの日記」と一緒にホロコーストに関する書籍などに関しても被害にあっていることから、犯人は「ユダヤ教が主張するホロコーストに反対する人物」ということだと、一般的にはみられている。


■事件に関するさ政治家・評論家などのコメント

 この事件に関して、オランダ・アムステルダムの博物館「アンネ・フランクの家」は「ショックを受けており、詳細な事実を知りたい」とのコメントを出した。また、米国ロサンゼルスを拠点とするユダヤ人の人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)で副センター長を務めるラビ、アブラハム・クーパー氏は、「これは、第2次世界大戦中のホロコーストで、ナチスに殺害されたユダヤ人の子ども150万人の中で最も有名なアンネ・フランクの記憶を汚すものだ。被害発生が広範囲に及んでいることから、組織的に行われた可能性が極めて高い」と被害に対する衝撃を口にした。

tocana

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