「2つの死」から読み解く! 著名人がアノ病院を利用したがる本当の理由

tocana / 2014年6月7日 19時0分

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【事件記者が綴る、事件のアナザーストーリー】

『負けないで』などのヒット曲で知られるZARDのボーカリスト、坂井泉水が40年の短すぎる生涯を閉じたのは、7年前の5月27日。

 坂井は前日早朝、入院先の病院内のスロープから転落し、生死の境をさまよっていた。

 しかし、治療の甲斐なく脳挫傷で絶命。

 一夜明けた28日、日本を代表する歌姫の死が伝えられると、日本中に衝撃が走った。

 当時、一報を受けて現場に駆け付けた夕刊紙記者は、次のように振り返る。

「芸能マスコミのみならず、一般紙の社会部記者やテレビクルーが現場に殺到した。坂井が転落したのは病院の駐車場だった。坂井は前年に子宮頸がんが発覚。一端、手術は成功したものの、肺への転移が見つかって再入院していた。そんなこともあって『病状を悲観した上での自殺か』との情報も飛び交っていた」

 だが、その数時間後、集まった記者たちは、より大きな混乱の渦にのみ込まれていく。締め切り時間に追われながら、取材に奔走していた前出の記者は、所属先の編集デスクから1本の電話を受け取る。

「松岡が死んだぞ!」

 明らかに狼狽した様子のデスクは、そう一言だけ告げて電話を切った。

 すぐにはその言葉の意味を読み解けなかった記者だったが、無数の報道ヘリが上空を旋回し始めて事態の深刻さを自覚することになる。

「松岡というのは、松岡利勝農水大臣のことだった。当時は、第1次安倍政権で閣僚に不祥事が相次いでいた時期。彼も、事務所経費の不正計上問題や不正献金疑惑で、野党から厳しい追及を受けていた。一連の問題を苦にした松岡氏は、この日、衆議院議員宿舎で首つり自殺を図った」(前出の記者)

 関係者によって発見された松岡氏は、すぐに病院に救急搬送された。そして担ぎ込まれた先が、坂井死去の報を受け、マスコミが殺到していた慶応義塾大学病院だったのだ。

「慶応病院に集まった記者の多くが、ストレッチャーに乗せられ、救命士による心臓マッサージを受けながら病院の中に入っていく松岡氏を目の当たりにしていた。ある週刊誌は、すでに心肺停止状態だった松岡氏の"デスマスク"を捉えた写真を掲載し、物議をかもした」(同)

 大きな波紋を呼んだ2つの死。だが、なぜ政治スキャンダルの渦中にあった松岡氏が、マスコミが大挙する最中の慶応病院に運び込まれたのか。

 当時、松岡氏は、林野庁がかかわる疑獄事件の関係者として名前が挙がっていた。松岡氏の死の翌日には、事件のキーマンとされた人物もマンションから飛び降りて自殺しており、その死にはいまだ多くの謎が残る。

 ある永田町関係者はこう声を潜める。

「政界御用達の病院として知られる慶応病院だが、多くの政治家が利用するのにはワケがある。情報管理が徹底しているからだ。病院内でのことが外部に漏れないようなシステムが構築されていると聞く。首相経験もある有力保守政治家や、有力宗教団体の会長も、ここに入院しているといわれている。松岡氏の場合も、その死の真相について公になってはならないことがあったのかもしれない。秘密が外に漏れないように、あえて慶応病院に運び込まれた可能性もある」

 果たして真相は...。
(文=KYAN岬)

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