【動画アリ】クライミング界の天才デビッド・ラマが秋葉原で魅せた! 華麗過ぎるボルダリング&インタビュー

tocana / 2014年8月26日 19時0分

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 フリークライミングの天才として、若干18歳にしてワールドチャンピオンに君臨したデビッド・ラマ。彼が、南米パタゴニアにあって、「世界一登頂困難な山」として知られるセロトーレに挑戦したドキュメンタリ映画『クライマー パタゴニアの彼方へ』が8月30日より公開される。

 1959年、イタリア人登山家・チェザレ・マエストリによってセロトーレ(標高3,102メートル)初登頂がなされるも、彼と一緒に登ったトーニ・エッガーは下山中に不慮の死を遂げ、その死とともに、登頂の証拠となるカメラも岩肌に叩き壊されてしまった......。以来、セロトーレの高い難易度とミステリアスなストーリーは、世界中の登山家たちを魅了してやまない。

 同作では、デビッドの2回に渡るセロトーレ登頂のドラマが克明に描かれている。1度目は、ボルトに頼りながら、2度目はフリークライミングで岩肌をよじ登っていくデビッド。その時に頼りになるのは一本のロープだけ。自分の指と足だけで、彼はほとんど垂直の岩肌を懸命に進んでいく。いったい、「謎の山」セロトーレでの経験は何をもたらしたのか? そして、常に隣り合わせの「死」に対して、登山家は何を感じているのだろうか? 来日中の本人を直撃した。

――まず、デビッドがクライミングをはじめたきっかけを教えて下さい。

デビッド・ラマ(以下、デビッド) 僕の母はオーストリア、父はネパールの山岳系の出身で、両親ともハイキングやトレッキングを楽しんでいたんだ。両親がネパールのための援助プログラムに参加している時に出会ったのが、ペーター・ハーベラーというエベレスト無酸素登頂を果たした有名な登山家。彼と両親が友達だったから、僕も「クライミングをしてみない?」と誘われたんだ。それが5歳の頃だね。

――すでに5歳から岩をよじ登っていたんですね。

デビッド 8歳の頃からコンペティションに参加し、ユースの大会では獲れるものを全部獲ってしまった。本来、シニアの大会は16歳からでないと出場が許されないんだけど、頼み込んで15歳で参加したんだ。その時は2位に終わったんだけど、翌年は優勝して、ヨーロッパチャンピオンを2回、ワールドカップでも総合優勝を経験した。気づいたら、クライミングのすべてのタイトルを獲りつくしちゃっていたんだよ。

【そんなデビッドにその場で登ってみてもらうと、他のクライマーとの差が悲しいほどクッキリ...@B-PUMP 秋葉原店】

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