【太平洋戦争】3日後に蘇生した不死身の日本兵 舩坂弘の最強伝説!!

tocana / 2014年9月11日 19時0分

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 様々な場面で日本人の肉体的弱さを指摘されることが多いが、そういう方々はかつて第二次世界大戦で活躍した不死身の分隊長・舩坂弘をご存じであろうか?

 スタローン演じる無敵のランボーや、「腕立て伏せをするとき、彼は自分を押し上げたりはしない。彼は世界を押し下げているのだ」とさえ言わしめたチャック・ノリス演じるヒーローが実在の人物であったとしても、舩坂弘には到底及ばないだろう。そしてまた、渋谷センター街入り口にある大盛堂書店はこの舩坂弘が築き上げたものなのだ。 

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■文武両道だった子ども時代

 後に「不死身の分隊長」と称えられ、敵軍であるアメリカ兵からも絶賛された舩坂弘。彼は1920年、農家の三男として栃木県に生まれる。幼い頃からやんちゃで近所のガキ大将だった。文武両道、まさに豪傑の二文字がふさわしい性格だったという。軍人としても非常に優れ、「特別銃剣術徽章、特別射撃徽章、剣道六段教士、居合道錬士、銃剣道錬士」など、幅広い武道に精通していた。そんな彼の伝説は、1944年3月に始まる。

 B29による爆撃が始まり、敗戦の色が徐々に濃くなったこの頃、舩坂は弱冠23歳にしてパラオ諸島のアンガウル島に、宇都宮歩兵第59連隊軍曹として着任したのだった――。


■日本の10倍いる、米軍の精鋭部隊、吠える不死身の分隊長

 米軍の狙いはアンガウル島を占領し、本土攻撃のための飛行場を作ることであった。当時この島を守っていた日本軍の数はわずか1,400名ほどなのに対し、敵軍の精鋭部隊はその数なんと2万2,000名。およそ日本兵の10倍の数である。

 しかも、米軍の精鋭部隊はハワイで特別上陸訓練を受けた、別名「山猫部隊(ワイルドキャッツ)」と異名を持つほど強力な第81歩兵師団及び、米軍第38機動部隊、内訳にして航空母艦11隻、戦艦2隻、巡洋艦10数隻、駆逐艦35隻という大部隊であった。まともに戦っても勝ち目があるはずもなく、日本軍は海岸に砲列や鉄条網を敷き、敵軍の上陸に合わせ水際作戦を展開するも、どう見ても負け戦であった。

 ところが舩坂は違った。米軍の猛攻によって味方が次々と倒れて行く中、擲弾筒(グレネードランチャー)を筒身が真赤になるまで撃ち続け、米軍の足止めに成功。残存兵力を島の北西の洞窟に集結させ、ゲリラ戦に持ち込むことになる。島の形が変わるほどの激しい艦砲射撃の中、舩坂1人で200人以上の米兵を殺傷したという。

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