ET-KINGのTENN氏逝去 ― メンバーが他界した音楽グループのその後の活動とは?

tocana / 2014年9月27日 8時0分

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 25日、人気ヒップホップグループET-KINGでMCを務めるTENNさんが、大阪市天王寺区のマンション駐車場に止まっていた自家用車で、首をつった姿で発見された。自殺と見られる。35歳だった。

 ET-KINGは1999年に大阪で結成。2006年のメジャーデビュ後も地元を拠点に活動を続けてきた。「愛しい人へ」、「ギフト」などのヒット曲を出したが、結成15周年の今年、4月29日の全国ツアー最終公演をもって、充電期間に入り活動を休止していた。2012年には、TENNさんとSPEEDの上原多香子さんとの結婚も話題となった。

 TENNさんは、死亡前日の24日午前にオフィシャルブログを更新している。「作る」と題された記事には「曲を、、0から生み出す作業。なかなか難しいが、出来上がりは嬉しい」と記されている。これからに向けて、前向きな言葉を記していただけに、ファンからの悲痛なコメントが書き込まれている。

 だが、最後の書き込みは前向きとも取れる一方で、ミュージシャンの「産みの苦しみ」を吐露しているようにも見える。

 メジャーの第一線で常に新しい音楽を作り続けることは相当なプレッシャーであることは容易に想像がつく。そのため、心を病んでしまうこともあるだろう。場合によってはドラッグに手を出してしまったり、また自ら命を断つ道を選ぶこともある。

 ミュージシャンと死の関わりは深い。1994年には「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」で一躍メディアシーンに踊り出た、『ニルヴァーナ』のヴォーカルであるカート・コバーンが、ショットガンで頭を撃ちぬいて自殺を果たす。銃口を口にくわえ、足の指で引き金を引く壮絶な手段を取った。自分たちの音楽が、アンダーグラウンドからメジャーに引き上げられてしまったことに深く失望したためといわれている。

 1980年にはイギリスのバンド『ジョイ・ディビジョン』のヴォーカルであったイアン・カーティスが首吊り自殺。持病や人間関係に行き詰っていたという。残されたメンバーは、その後、テクノロックバンド『ニュー・オーダー』を結成する。大ヒットとなった「ブルー・マンデー」は、イアンの自殺を知った月曜日をテーマとした曲である。

 日本においても1998年に元・『X JAPAN』のhideが自殺。前日には音楽番組の収録に参加し、新作のリリースも控えていただけに、事故死ではないかとの憶測も呼んだ。hideとともに音楽活動を行なっていた『Spread Beaver』は、追悼フィルムコンサートを行っている。

 2009年には、ロックバンド『フジファブリック』のヴォーカルを務める志村正彦が、29歳の若さで急死している。残されたメンバーは、志村が遺した曲を基に新しいアルバムを完成させ、活動を継続している。

 TENNさんの突然の死を受けて、音楽や芸能関係者が相次いで追悼コメントを寄せている。ミュージシャンに死が訪れようとも、音楽は生き続ける。今はTENNさんのご冥福をお祈りし、ET-KING復活の日を待ちたい。
(文=平田宏利)

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