「人間は生まれないほうがよい、人類は滅亡するべき」著名哲学者ベネタ―の“反出生主義”が注目される! 少子化問題を完全否定する新理論!

tocana / 2017年10月27日 12時0分

「“存在しない”火星人が、生の喜びを享受できないからといって嘆き悲しむ人はいない。しかし、火星人が存在し、彼らが苦痛に満ちた生を送っていると知ったら、我々は彼らを残念に思うだろう」(ベネター)

 前半の文章「存在“しない”火星人が、生の喜びを享受できないからといって嘆き悲しむ人はいない」が(4)にあたる。つまり、ベネターによれば、快楽は奪い取られた場合に限り悪であり、最初から存在しない快楽は悪でも善でもないというわけだ。また、苦しむ人を産み出さない義務はあるが、幸福な人を産み出す義務もないと語っている。以上の議論から、良いを+1、悪いを-1、悪くないを0にして合算すると。

存在するAさん  (1)苦の存在(-1) (2)快の存在(+1) = 0
存在しないBさん (3)苦の欠如(+1) (4)快の欠如(0)  = +1

 存在しないBさんの方がより良いということなるため、「生まれない方が良い」と結論付けられる。


■理想人口はゼロ「段階的滅亡論」

 同書後半では、上述の議論を前提に、最終的には徐々に人口を減らし、人類は完全に絶滅すべきとする「段階的絶滅論」が提唱される。ベネターによれば、人類の絶滅は早ければ早いほど良いとのことだが、すでに生まれてしまった人間が苦しむことはもちろん悪であるため、隕石の衝突で全人類がいますぐ死ねば良い、という主張ではないことに注意したい。

 ベネターの誕生害悪論は多くの反論にさらされており、完全な議論とはいえないが、常識的に良いこととされる出産や人類の繁栄、持続可能な社会といったものの妥当性を問い直す1つのきっかけにはなるだろう。

 あらゆる人間(を含めた生命体)は老病死といった苦しみを避けることはできない。親は子どもに生を与えるとともに死(そして苦しみ)を与えているのである。生まれてしまった我々は「すでに手遅れ」であるが、これ以上無駄な苦しみを生まないという倫理的決断はまだできるのだ。
(編集部)


※イメージ画像は、「Thinkstock」より

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