写真家・中筋純が撮り続ける「原発事故」の真実! 時間が止まった街が廃墟化する過程…現在の福島は日本の未来の姿だ!

TOCANA / 2018年4月22日 7時0分

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 日本屈指の廃墟写真家・中筋純は、原発事故の地チェルノブイリ、そして、福島の帰還困難区域やその周辺に定期的に通いながらドキュメントを続けている。

 2011年の東日本大震災は、日本の観測史上最大のマグネチュード9を記録し、毎年3月上旬にはその記憶が呼び起こされるような行事やイベント、マスコミ報道などが集中する。実際、災害で亡くなられた方々の鎮魂、いまも困難を抱える被災者の方々への共感などは、震災の日が訪れるたびに多くの人々の胸に響くものとなっている。だが、中筋は原発事故にフォーカスしている点で特徴的である。

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 2013年、東京オリンピック開催が決定したとき、中筋は「フクシマを消しにかかるな」と直感したという。だからこそ、福島原発事故の傷跡を写真として記録し続けることへの使命感に燃えるのだ。

 2018年3月7日~3月18日、あざみ野の「スペースナナ」にて、中筋純写真展『流転 福島&チェルノブイリ』が開催された。展示会場にお邪魔して、話を聞いた。


――1986年のチェルノブイリ原発事故と福島原発事故を比較するとどうでしょうか?

「今回の写真展もそうですが、『流転』のシリーズは福島とチェルノブイリを比較して見せてきました。僕は、07年からチェルノブイリに通っているので、福島と両方を見るようになって、同じシチュエーションをたくさん発見しました。福島をチェルノブイリといっしょにするなという意見もありますが、原発事故とはどういうものかを見て欲しい。事故当日のまま時間が止まった街、住民がいなくなって廃墟化していく過程、人間の構造物を飲み込み繁殖する自然の姿、どれもそっくりなんです。そして、逃げ惑う人たちがいる一方で、立ち入り禁止区域に戻ってくる人たちもいます。普通の人々の普通の暮らしがあって人間の様々な思いが交錯するところも、福島とチェルノブイリに共通します」


――チェルノブイリは事故から30年以上経って、中筋さんが撮られた、立ち入り禁止区域で自給自足で生活する老婆たち(サモショール)もかなり高齢と聞きました。

「彼らは慣れ親しんだ土地が一番いいというんです。チェルノブイリはいまも30キロ圏内立ち入り禁止、それでも彼らはそれを無視して勝手に戻って暮らしています。ただ最近は高齢化に伴い限界集落化が進み、最近では圏外の福祉施設への入居を希望される方も多いと聞きます」

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