「労働力不足で賃金が上がれば労働力不足が解消する」にならない理由
LIMO / 2019年6月23日 20時20分

「労働力不足で賃金が上がれば労働力不足が解消する」にならない理由
労働力不足で賃金が上がると、働く人がむしろ減ってしまい、さらに労働力が不足しかねない、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は指摘します。
労働力が不足すると賃金が上がる
「価格は需要と供給が一致したところに決まる」というのが経済学の大原則です。労働力の価格である賃金も同様です。これに従えば、景気が回復して企業が生産を増やすために労働者を募集したり(需要の増加)、高齢者が引退したり(供給の減少)すると、労働力が不足するので賃金が上がるはずです。
実際、最近の労働力不足で賃金が上がり始めています。正社員の給料はそれほどでもありませんが、非正規労働者の時給は労働力需給を素直に反映して上昇しています。
賃金が上がると、「そんなに高い時給なら雇わない」という企業が増えたり、「そんなに高い賃金なら、無理をしてでも長時間働こう」という労働者が増えたりするので、労働力不足は解消に向かう、と考えるのが自然ですね。
しかし、世の中には不思議なこともあるのです。
収入の目標が決まっている人がいる
年収の壁という言葉があります。専業主婦がパート等で働いて一定以上の収入を得ると、専業主婦とは見なされなくなって税金や社会保険料などを徴収されるようになる、といった制度のため、収入が一定以上にならないように働く時間を調整する主婦が多い、ということを表す言葉です。
生活費や学費を自分でアルバイトで稼いでいる学生も、同様です。アルバイトの時給が上がると、必要な金額を稼ぐために必要な労働時間が減るので、働く時間が減るかも知れません。「少しでも働く時間を減らして勉強しなければ」と考えている学生ならば、当然のことですね(笑)。
そうした非正規労働者は、時給が上がると働く時間を短くしますから、「労働力不足で賃金が上がったので労働力の供給が減って労働力不足がむしろ厳しくなった」ということが起きるかも知れませんね。
貧しい人は「1000円もらえるなら喜んで1時間働こう」と考えますが、金持ちは「1時間働いて1000円しかもらえないなら、やめておこう」と考えます。問題は、非正規労働者の時給が上がってくると人々が裕福になるので、「その程度の時給なら、無理して働くことはない」と考えるかも知れない、ということです。これも、「時給が上がった割に働きたい人が増えない理由」にはなりそうです。
ブラック企業のホワイト化で労働力需給が逼迫
労働力不足になると、ブラック企業の社員が簡単に転職先を見つけられるようになるので、ブラック企業はホワイト化を迫られます。たとえば「サービス残業をやめないと社員が退職する」と思えば、社員にサービス残業を強いることが難しくなります。
社員がサービス残業をしなくなると仕事が回りませんから、新しい労働者を雇う必要が出てくるでしょう。それにより、労働力不足が一層深刻化するわけです。
採用難から「残業が少ない」を売りにする企業も
採用難から、学生にアピールする材料を企業が作ろうと頑張るかもしれません。それが「給料が高いこと」であれば、社員たちは「給料が高いので、残業してまで残業代を稼ぐ必要は無い」と思うようになるかもしれません。
あるいは、「残業が少ない、定時で帰れる会社」であることを就活生にアピールするために社員の残業を減らす会社が出てくるかもしれません。
いずれの場合も、社員の残業が減った分は社員数を増やす必要が出てくるため、労働力不足を一層深刻にしかねません。
給料の上がった労働者が消費を増やすかも
また、労働者の消費が増えるかも知れません。「労働力不足で時給が上がって懐が豊かになった分だけ消費を増やす」「残業が減って余暇が増えたので飲み会の回数が増えた」ということに加えて、「不況期にはリストラを恐れて倹約していたが、どうやらリストラされるリスクはなさそうだから、少しは財布の紐を弛めよう」という労働者もいるでしょうから。
それにより企業は売り上げが増えるので、さらに労働者を雇って生産を増やそうとするでしょう。それが一層の労働力不足を招く、ということもありそうです。
給料が増えた分だけ物価も上がっているならば、消費量は増えず、企業は生産量を増やさず、労働者を雇うこともないでしょうが、実際には賃金上昇ほどは物価は上がらないでしょう。
理由の第一は、企業のコストの中で、人件費以外のものが上がらないとすれば、人件費上昇を売値に転嫁したとしても、売値の上昇率は人件費の上昇率より低くなるはずだからです。
理由の第二は、企業間の競争が激しいので、人件費の上昇分をすべて売値に転嫁することは容易ではなく、人件費上昇の一部は企業が収益を削ることで売値の上昇を抑えることになるから、です。
以上、いろいろと理屈を示してきました。現在までのところ、賃金の上昇幅がそれほど大きく無いので、上記のうちで明らかになっているのはパート労働者の労働時間の短縮くらいかも知れませんが、今後は様々な動きが広がるかもしれません。要注目です。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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