東京五輪延期で改めて問われるボランティアの意義~「日本的な誤解」とは?
LIMO / 2020年3月29日 20時0分
東京五輪延期で改めて問われるボランティアの意義~「日本的な誤解」とは?
新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった。私(ライター)は、ボランティアとして参加する予定だが、本当に開催できるのか不安もある。
それに対して「ボランティアとしては、うろたえることなく粛々と準備を進めるのみ」と話すのは、2012年ロンドン大会から、14年ソチ大会、16年リオ大会にボランティアとして参加し、さらに今回の東京大会にも参加予定の西川千春さんだ。その意図、さらにはボランティアとして参加することの意義を聞いた。
<取材・文/下原一晃 フリーライター。東京五輪・パラリンピックに、大会ボランティア(フィールドキャスト)および、東京都の都市ボランティア(シティキャスト)として参加予定>
ボランティアとしては事態を見守るしかない
――安倍晋三首相と国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が会談し、東京五輪・パラリンピック(以下、東京2020大会)を遅くとも来年の夏までに開催することで合意したと発表されました。関係者はもとより、ボランティアの間には安堵と不安の両方が広がっているようです。
西川:もちろん、不安はあるでしょう。かといっていたずらにうろたえる必要もありません。というのも、新型コロナウイルスの問題がいつ収束するのか今の時点ではわからないですし、それを予想して私たちボランティアが「1年後の延期が望ましい」「いや今夏に開催すべきだった」と議論したところで本来の課題の解決につながるわけではありません。今はただ、見守るしかないと思います。
中には、開催時期が先に延びると、仕事や学校の都合で参加できないという人もいるでしょう。私自身も、現時点では「LAN」と呼ばれる「言語サービス」で東京オリンピックのボランティアに参加する予定ですが、1年先は何が起こるかわかりません。もしかしたら何か事情があって参加できなくなるかもしれません。でも、それも残念ですが仕方がないことです。自分の自由意志で、できるときにできることをする。それがボランティアですから。
あくまでも本人の「自由意志」で参加するのがボランティア
――「自由意志で」とのことでしたが、日本では「ボランティア」の定義があいまいなように感じます。
西川:日本では長い間、地域の互助会的な組織が機能してきました。このため、地域や組織の中で、滅私奉公というか、やむなく無償奉仕をすることが少なくありませんでした。かつてのサービス残業が当たり前だった企業もそうですし、マンションの理事会や学校のPTAなどの活動もそうでしょう。
こういった経験から「ボランティア=無理やりの無償奉仕」と捉える人も少なくありません。確かにボランティア活動の場合、多くは無償ですが、その前提となるのはあくまでも自らの自由意志で参加するということです。決して強制されるような状況であってはなりません。
――「オリンピックは大きなお金が動く商業イベントにもかかわらず、ボランティアが無償なのはコストの安い労働力と見なしているからだ」という意見もあるようです。
西川:それも、「ボランティアとはやむなく無償奉仕をする存在だ」と考えるからですよね。そうではありません。ボランティアとは「できる人が、できるときに、できることを」やることなのです。たとえば駅で迷っている外国人旅行者の人がいれば道案内をしてあげるのも、バスでベビーカーを降ろすのを手伝うのもボランティアです。SNSで何かを知りたい人に知っている人が教えてあげるのもボランティアです。
もう一つ大切なのは、ボランティアは決して与えるだけではないことです。むしろ得られるものが大きい。道を教えたら「ありがとう」と言ってもらえます。片言の英語でも通じた喜びが得られます。外国人旅行客の中にはSNSなどで「日本でこんなに親切にされた」と投稿する人も多いです。自分のことでなくても、日本のイメージをよくする一助になったのではないかと考えればうれしいですよね。
もちろん、オリンピック・パラリンピックのように国際的なスポーツイベントならば、自分がその一員として、大会成功に貢献できたというのも大きな喜びになるでしょう。
――サッカーや野球、バスケットボールなどのプロスポーツもビジネスではありますが、多くのボランティアが支えています。映画撮影のエキストラもほとんどが無償です。いずれも、チームや作品を応援したいという気持ちで活動をしているのでしょうね。
「プロ」があえてボランティアとして参加する理由
――有償・無償の点で言えば、一時期「パソナの派遣社員とボランティアは同じような活動をするのにパソナは有償で、ボランティアは無償」と話題になったことがありました。
西川:一度でもオリンピックに携わったことのある人なら、パソナなど派遣会社による組織委員会のスタッフの仕事と、ボランティアの仕事は指揮命令系統も活動内容もまったく異なるということは知っています。
ただ、今回の東京2020大会のケースでよくなかったのは、「仲間になって一緒に大会を成功させましょう」といったイメージで訴求してしまったことです。ロンドン大会でもリオ大会でも、組織委員会が雇用する職員が多数活動しました。しかしその場合でも、職員の場合は「一定の期間にどのようなミッションをこなさいといけないか、そのための対価はいくらか」と職種ごとにしっかりと明示されていました。「仲間として参加しませんか」だけではダメなのです。
ただ、その背景もわからないわけではありません。というのもこれは日本の新卒一括採用の慣習なのです。どんな仕事をするかもわからず入社を決めるのは日本ぐらいです。日本特有の雇用制度のよくないところが出てしまいました。
――「できる人が、できるときに、できることを」やるのがボランティアとのことですが、オリンピックでは、中には専門的な知識や経験をもとに活動しているボランティアもいます。西川さんも「通訳のプロ」です。プロには相応の報酬を支払うべきだという声もあります。
西川:ボランティアの「言語サービス」とプロの通訳とは活動の場所も活動の内容も大きく異なります。報道機関などは自社で独自の通訳を雇います。「プロ」としての仕事はいくらでもあります。ただし、仕事として入った場合は対価に見合った仕事をしていくらという計算になります。プロには仕事であれば相当の報酬は必ず払うべきです。
ただしプロがプロボノ活動(自分の専門領域・得意分野を生かして行う社会貢献活動)としてボランティアに参加するのはよくあることですし、これは無償であっても自分の意志ですから問題ないという考えです。
私の経験で言えば、プロボノとしての言語サービスは、外国人のボランティアと一緒のチームになって和気あいあいと楽しみながらやれました。冬季大会の場合は、会場が都心から遠いためボランティアにも宿舎が用意されます。文字どおり寝食を共にしながら、学生時代の合宿のような感じです。ソチ大会で同じチームだった人たちとは今でもSNSでやりとりしています。まさに生涯の友人です。仕事で参加するのとは違った経験ができました。
もちろん、プロの人が仕事として参加したいということであればそうすればいいのです。私の友人も放送局などと契約して参加しています。どちらを面白いと感じるかは、本人の考え次第だと思います。
――プロとして参加する場合、義務感がかなり強くなりそうです。少しぐらい体調が悪くても行かなければならないような印象があります。
西川:プロであっても体調が悪ければ休めるようになっているべきです。ただ、そこは契約なので、ある人が行けないなら、代わりの人を充てるといったことは、契約している派遣会社などが行わなければなりません。
一方で、ボランティアは契約ではありませんから。体調が悪ければ休めばいいのです。自分自身の体調だけでなく、子どもが熱を出したとか。そんなときに柔軟に休めるのもボランティアのいいところです。このあたりも日本人は「一度オファーを承諾したら休めない」などと考えがちなのですが、承諾した後でも仕事や家庭の都合など参加できなくなったら、いつでも辞退できますから。
ボランティアとして参加することで成長できる
――日本ではまだボランティアの意味が誤解されがちだというお話でしたが、家族や会社の同僚・上司の理解を得られないという人もいるようです。
西川:実はオリンピックのような国際的なイベントは、本人が楽しいだけではなく、本人の成長にもつながるのです。
というのもオリンピックなど国際的なボランティアの場合、性別も年齢も職業も異なる多様な人と一緒に活動することになります。外国人のボランティアと同じチームになることもあるでしょう。宗教もさまざまです。ムスリムの方もいます。さらに障がい者の人やLGBTQ(性的少数者)の人たちもいます。
日本人は同質的と言われたり、均一性が高いと言われたりすることがよくあります。このような多様な人たちと一緒に活動できる機会はめったにありません。逆に言えば、このような環境でボランティア活動をすることで多様性を受け入れることの大切さを学ぶことができます。
――私もボランティア活動への参加や、東京2020大会の研修などを通じて、多様性の大事さを意識するようになりました。
西川:欧米では企業の管理職の人たちが率先してボランティアに参加します。しかも、大手企業の役員や経営者クラスの人たちも珍しくありません。なぜでしょうか。それは会社のシステムが使えない中で、自分の個人としての能力が問われるからです。
会社であれば「部長が言うから」と、肩書きで部下が動いてくれるかもしれません。しかし、ボランティアの現場では、ボランティアリーダーが指示したからといって、納得しなければメンバーは動きません。そこが、ボランティアはお金のためにやっているのではないということなのです。
ボランティアのチームには、下は10代から上は70代、80代の方、障がいのある方、外国人などさまざまな人が参加します。ボランティアリーダーは一人一人の能力を見極めながら、仕事を任せ、モチベーションが維持できるように配慮しなければなりません。逆にメンバーは、「自分にできること」をしっかりとやるといういう点で、自分自身のリーダーシップを発揮することが求められます。
最近では日本のビジネスの現場でも、カリスマ的なリーダーよりも、多様な人材を集めてチームを組み、ポテンシャルを引き出す、ファシリテーター型リーダーが注目されているそうですが、ボランティアの現場ではまさにそのようなリーダーシップを学ぶことができるのです。
この1年をさらにボランティアとしてブラッシュアップの時間に
――ボランティアに参加する本人だけでなく、送り出す側の家庭や学校、企業にもメリットがあると。
西川:そのとおりです。私も東京2020大会の共通研修の講師を務めています。8万人の大会ボランティア、3万人の都市ボランティアがハード・ソフト両面でのバリアフリーを学んでいます。もちろん、研修を受けたその日からがらりと変わるわけではないですが、受講した人からは「今まで意識していなかった」「新しい気付きを得られた」という声が少なくありません。
五輪ボランティアへの参加を通じて、社会的弱者に配慮するような人が増えるといいですよね。保護者の方にとっては自分のお子さんが、企業では自社の従業員がそのようになるとすてきではないでしょうか。
実際に英国ではロンドン大会を通じて人々の姿勢が明らかに変わりました。ご存じのように英国はインフラが古いので、バリアフリーという観点ではよくないのです。その代わりに、車いすやベビーカーの人が駅やバス停にいるとみんなで運んでくれます。お年寄りが大きなスーツケースを引っ張っていると、手伝ってくれます。
もともと英国はボランティアの精神や文化が根付いていますが、ロンドン大会以後、さらに心のバリアが下がってきたように思います。特に若い人たちの間に「そのほうがクールだ」という意識が広がった印象を受けます。
東京2020大会でも「共生社会の実現を大会後のレガシーに」などと言われていましたが、旗印として掲げるだけでなく、一人一人の意識が変わらなければ、本当のレガシーにはなりません。ボランティアとして参加すること、そして選手や観客がそのボランティアの活動を目の当たりにすることが、レガシー定着への大きなきっかけになるのではないでしょうか。
――東京2020大会は1年程度延期になることが決まりました。大会ボランティアや都市ボランティア、さらには自治体独自のボランティアとして参加する予定だった人は、今どのように考えるべきでしょうか。
西川:欧米では外出禁止令も出ており、ボランティアにとっても、自分たちが危機に直面していると実感しているようです。冒頭にも話しましたが、新型コロナウイルスが1年で収束するかどうかはわかりません。わからないものを予想して右往左往しても仕方がありません。ボランティアとしては、粛々と準備をする以外にありません。
ただし、まず大切なのは、ボランティアの皆さん自身が新型コロナウイルスに感染しないようにすること。感染症対策や健康管理に心がけましょう。
その上で、さらにあと1年、ボランティアとしてのスキルアップに取り組むことができるのではないでしょうか。英語など語学の勉強をするのもいいでしょう。新たに手話を学んだり、車いすの人や視覚障がいのある人などの介助を学んだりすることもできます。
この1年があったことでさらに「東京大会のボランティアは本当に素晴らしかった」と世界中の人に言ってもらえ、東京そして、日本のファンになってもらえるように準備を進めていきましょう。
西川千春(にしかわ・ちはる)氏 略歴
1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。米アリゾナ州立大で国際経営学修士(MBA)。1990年に日本精工(NSK)駐在員として渡英。その後英国に留まり、数社を経たのち2005年に経営コンサルタントとして独立・起業。2012年に開催されたロンドン五輪に言語サービスボランティアとして参加したのをきっかけに、スポーツボランティアに魅了される。その後2014年ソチ大会、2016年リオ大会にもボランティアとして参加。2018年夏、東京大会の成功を目指して日本に帰国。公益財団法人笹川スポーツ財団 特別研究員。特定非営利活動法人日本スポーツボランティアネットワーク 特別講師。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ボランティア検討委員。目白大学外国語学部非常勤講師。明治大学経営学部兼任講師。法政大学経済学部兼任講師。著書に『東京オリンピックのボランティアになりたい人が読む本』(イカロス出版)。
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