「次亜塩素酸水」の効果・使用法をめぐるバトル、本当の問題点は何?
LIMO / 2020年6月15日 18時0分
「次亜塩素酸水」の効果・使用法をめぐるバトル、本当の問題点は何?
次亜塩素酸水をめぐるバトルが過熱
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大がいったん下火になってきたとはいえ、第2波、第3波の懸念もあり、まだ油断してはいけません。そんな中、品不足のエタノールに代わり、消毒液としてにわかに話題になっているのが次亜塩素酸水です。
インターネット上では、次亜塩素酸水を販売している会社、その評価をしている独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、その使用等の通達をする経済産業省・厚生労働省、それをすでに使っている、あるいは使っていない一般市民、そして医師などの間で、効く・効かないのバトルがヒートアップしています。
4月17日、経済産業省は次亜塩素酸水を手指消毒用に追加しました。それは、手指用の製品が売られており、また歯科医院で口腔内の殺菌にも使用されているという理由からでした。しかし5月29日、経済産業省とNITEは「現時点では有効性は確認されていない」「全体として有効性評価を行う上で十分なデータが集まっていないため、引き続き検証試験を実施する」と発表しています。
一方、文部科学省は6月4日、子どもがいる空間では噴霧しないよう全国の教育委員会などに通達文書を出しました。これに対して販売会社は殺菌効果があると異論を唱え、6月11日には反論の記者会見をするなど、次亜塩素酸水の殺菌効果、使い方について混乱が続いています。
ネット上などで繰り広げられているバトルが科学的なエビデンスを基にした論争ならばいいのですが、必ずしも全てがそうではありません。それよりも身の回りでこれだけ多くの化学物質が使われていることを認識して、正しく怖がること・怖がらないことが重要というのが、有機合成化学を専門とし、長く大学教育に関わってきた筆者の思いです。
本稿ではこのような視点から、次亜塩素酸水を眺めてみたいと思います。
次亜塩素酸、次亜塩素酸ナトリウムの正体とは
化学式は難しく取っつきにくいと思われるでしょうが、目で見た形として捉えてください。なるべく化学式を使わないで、言葉で化学を伝えたいと思います。
次亜塩素酸の化学式はHClO 、次亜塩素酸ナトリウムはNaClO です。これに似たものに次亜塩素酸カルシウムCa(ClO)2があります。3つともClOを有しています。
次亜塩素酸ナトリウムは、「まぜるな危険」の赤文字で有名なカビキラーやキッチンハイタ―などの主成分で、強アルカリになっています。次亜塩素酸カルシウムは古くから井戸水やプールの消毒に使われてきたもので、一般名はさらし粉です。次亜塩素酸ナトリウムも次亜塩素酸カルシウムも水道水の殺菌に用いられています。
次亜塩素酸は不安定で分解しやすい物質です。また、次亜塩素酸水は次亜塩素酸の水溶液のことです。水道水の殺菌には、塩素ガスも用いられます。塩素ガスが水と反応すると、次亜塩素酸(水道水のカルキ臭)が微量生成(平衡定数が小さいため)しますので、水道水は低濃度の次亜塩素酸水になっていると言ってもいいでしょう。
次亜塩素酸も次亜塩素酸ナトリウムにも殺菌作用があり、水道水の殺菌はこのようにして行われ、きれいな水として飲むことができるのです。次亜塩素酸と次亜塩素酸ナトリウムは明らかに異なる化学物質ですが、名前が次亜塩素酸まで同じこともあって、混同して使われていることもあり注意が必要です。
次に、次亜塩素酸ナトリウム消毒液について簡単に説明します。
カビキラーやキッチンハイタ―を使って、次亜塩素酸ナトリウムを希釈して、消毒液として使用する方法が厚生労働省と経済産業省から推奨されています。希釈方法などが記載されたチラシがすでに地域の自治会経由で各家庭に配布され、また、各自治体のホームページにも記載があります。
しかし、この作り方や使い方には注意が必要です。
絶対に手指の消毒には使わないこと。手すり、ドアノブ、机などに限る。
スプレー容器で噴霧しないこと。吸い込むと気管支などに炎症を起こす恐れがある。
使用するときには換気に気をつけること。
消毒液を作る際には台所用手袋を着用すること。
効力が長持ちしないので使うときに必要な量だけ作ること。
金属製品を拭くと変色や腐食の恐れがあること。
次亜塩素酸ナトリウムの量を間違えないこと。
次亜塩素酸水はどのように作るのか〜「混ぜるな危険」の理由
次亜塩素酸水の作り方には、大きく分けて2種類あります。電気分解法と混合法です。
まず、電気分解法は塩酸や食塩水を電気分解するもので、生成装置が市販されています。電気分解する条件により3種類、すなわち強酸性次亜塩素酸水、弱酸性次亜塩素酸水、微酸性次亜塩素酸水が得られ、それぞれpHや有効塩素濃度(ppm)が異なります。
混合法では、次亜塩素酸ナトリウムに塩酸や炭酸を作用させる中和法を用います。ネット上にはその作り方まで掲載されていますが、危険が伴いますから絶対にやってはいけません。
次亜塩素酸は、強アルカリ、弱酸性、強酸性で形を変えます。すなわち強アルカリ条件下では次亜塩素酸ナトリウムに、弱酸性条件下では次亜塩素酸になり、強酸性条件下では塩素ガスが発生します。したがって溶液のpHを誤ると極めて危険なのです。
次亜塩素酸ナトリウムは強アルカリ性なので、手につけると皮膚を侵し、目に入れば失明の危険もあります。かつて塩素系カビ取り剤を使ってトイレやふろ場を清掃中に死亡事故が起きたこともあります。理由は、上述の強酸性条件下にあたるもので、酸性洗剤を同時に使用したことによる塩素ガス中毒だったのです。
化学反応を理解すれば当たり前なのですが、一般的には知られていないことです。そのため、この事故後に「まぜるな危険」の赤文字が表示されるようになりました。次亜塩素酸水がこれだけ話題になっている今、こうした悲惨な事故が起きないことを祈ります。
次亜塩素酸水バトルの問題点
電気分解法により得られる新鮮な次亜塩素酸水は、食品の流水洗浄・殺菌に効果的であることは知られています。また、ウイルス・細菌の殺菌効果の研究は、電気分解法か混合法か、またpH値や有効塩素濃度の違いはあるにせよ、いくつかの研究機関で実施済みです。これが、販売会社が殺菌効果を主張する根拠になっています。
しかし、この研究における酸性条件下、有効塩素濃度で、しかも大量の次亜塩素酸水を使って仮にウイルスや細菌が死滅したからといって、即、人体における消毒に使えるというのは必ずしもイコールではないように思います。高濃度の次亜塩素酸の人体への影響をきちんと調べるべきでしょう。
次亜塩素酸の殺菌のメカニズムには、活性酸素や活性な化学種が関係していると言われていますが、これらが人体に影響を及ぼさないか精査が必要です。活性な化学種が、がん化の要因になることはよく知られた事実です。さらに、塩素含有化学物質、活性化学種が環境ホルモンや地球環境問題の一因であることにも注意すべきです。
最後に、大事なことですが、現在、販売されている次亜塩素酸水には、生成法や成分表示(pHや有効塩素濃度)がはっきり記載されていないものがあります。しかも、次亜塩素酸は上述のように分解しやすいため、せっかく購入した次亜塩素酸水が失活(不活性化)している可能性はないのかという懸念もあります。
おわりに
次亜塩素酸水の化学、効果について筆者の考えを述べましたが、今後さらなる検証が行われることを希望します。
いずれにしても、抗菌・除菌・殺菌剤の開発により、現在の我々の生活環境は昔と比べて格段に衛生的になり、快適な生活が保たれているのは喜ばしいことです。しかし、数多くの化学物質が身の回りで頻繁に使われていることを、あまり意識していないことも事実です。
今回の一件以外にも、化学物質の危険性、化学物質の使い方には十分注意を払う必要があるように思います。抗菌・除菌・殺菌剤入りの洗浄剤を使わないで、普通の石けんで丁寧に手洗いをすれば、それで十分ウイルス対策になるとの意見にも耳を傾ける必要があるかもしれません。
なお、この件に関しては、日本口腔機能水学会ウェブサイトの「WEBニュース&コラム 緊急寄稿」に「次亜塩素酸水(酸性機能水)の適正使用について(http://www.kinousui.com/webnews/emergency202004.html)」(日本口腔機能水学会会長・日本大学歯学部歯周病学講座診療准教授 西田哲也)が掲載されています。極めて参考になる記事ですので一読をお勧めします。
以下に、この記事から手指衛生に関する部分を引用しておきます。なお、記事中の「酸性機能水」とは次亜塩素酸水のことです。
以下、日本口腔機能水学会のウェブサイトより引用
手指衛生として次亜塩素酸水を用いるのであれば、以下のような使用方法が推奨できます。次亜塩素酸水生成機器から作られる次亜塩素酸水の性状チェックを行い、有効塩素濃度が10ppm以上であることを確認。次亜塩素酸水生成機器から直接、または遮光された密閉ポリ容器内に保存された新鮮な次亜塩素酸水を流水下で15秒以上、手洗いを行う。
なお、新たに発見された新型コロナウイルスですから、当然、次亜塩素酸水が有効との報告も研究データもありません。様々なところで有効と思われている背景には、次亜塩素酸水が多種多様な細菌やウイルスに対して、強い殺菌力があるため「新型コロナウイルスにも有効であるはず」という科学的な仮説に基づいていることにも留意が必要です。
【参考資料】「新型コロナウイルス対策身のまわりを清潔にしましょう。(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000614437.pdf)」(厚生労働省・経済産業省)
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