1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

このフランス国旗、まちがいはどこでしょう?(難易度★★★)

LIMO / 2021年7月29日 19時15分

写真

このフランス国旗、まちがいはどこでしょう?(難易度★★★)

楽しくチャレンジ、国旗のまちがいさがし

 コロナ禍のもとで開幕を迎えたオリンピック。感染が収まらない中での開催や、組織委員会メンバー・スタッフの発言など、いくつもの問題とそれらへの批判がこれでもかと出てきました。9月5日のパラリンピック終了後には、そうした開催のあり方や意思決定の過程について、きちんと検証する必要があるでしょう。

 ただ、日本を含めて世界中の多くの選手たちは、開催されるかどうかもわからない中で、最高のパフォーマンスを見せるべく努力してきました。こうしたアスリートたちがしのぎを削る国際大会は、選手個人だけでなく、選手が所属する国々への理解を深める大きなきっかけにもなります。特に、国を代表して競う大会でもあるため、みなさんもテレビ中継の中で「国旗」をたびたび目にされているのではないでしょうか。

 この記事では、世界の40カ国あまりの国旗にある「まちがい」をさがしながら、それぞれの国の成り立ちや国旗にまつわる歴史がわかる書籍『国旗のまちがいさがし』(苅安望[監修])から、選りすぐった問題を出題します。みなさんは上の国旗の「まちがい」、どこかわかりますか?[難易度★★★(★から★★★★★の5段階)]

フランスの注目の選手

 正解の前に、今回の記事で取り上げた国「フランス」の選手団の中でも注目の選手を、少しご紹介しておきましょう。

テディ・リネール(柔道男子・100キロ超級)
 2012年ロンドン五輪金メダリスト、2016年リオ五輪金メダリスト。「テディ・ベア」の愛称で知られる身長204cmの巨漢で、2017年まで世界選手権8連覇。

ケビン・マイヤー(陸上男子・十種競技)
 2016年リオ五輪銀メダリスト。2018年に陸上十種競技の世界記録を更新し、現在も世界記録保持者のまま東京五輪に挑む。

ルノー・ラビレニ(陸上男子・棒高跳び)
 2012年ロンドン五輪金メダリスト、2016年リオ五輪銀メダリスト。2014年に、セルゲイ・ブブカが持っていた室内世界記録を21年ぶりに更新。

【正解の画像】色の順序がちがう。ちなみに旗の縦横比は2:3

18世紀末、フランス革命の中で生まれた国旗

 正解は、「色の順序がちがう」です〈別画像参照〉。正しい順番は左側(旗ざお側)から「青・白・赤」になります。

「トリコロール」(フランス語で「3色」の意味)の愛称で親しまれているフランス国旗は、フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」とともに、18世紀末のフランス革命の中で生まれました。ただし、現在の「青・白・赤」に落ち着く前には、さまざまな配色順の国旗が存在したのです。

 1789年7月14日、パリ市民によるバスティーユ牢獄の襲撃を皮切りに、フランス革命が起こりました。

 当時のフランスは、宮廷による無駄遣いや軍事費などで赤字が膨れ上がり、破産寸前でしたが、国王が強い権力を持つ絶対王政の下で、貴族や聖職者などの特権階級は税金を払わずに済んでいました。その一方で、重い税に苦しめられていたごく普通の国民たちの不満と怒りは、これ以上ないほどに高まっていました。

当初は3色は「自由・平等・友愛」の意味ではなかった!?

 バスティーユ牢獄襲撃の翌日、市民で組織された国民衛兵たちに、司令官のラファイエット侯爵は「赤・白・青」の3色の帽章(帽子につける飾り)を与えます。これこそが現在のフランス国旗の起源となった、というのが通説です。

 バスティーユ牢獄襲撃の3日後に、ベルサイユ宮殿からパリに向かったフランス国王のルイ16世も「君主と民衆の同盟」を表すものとして、パリ市長からこの3色の帽章を受け取りました。なお、ルイ16世は1793年にギロチンで処刑され、王妃のマリー・アントワネットもこれに続きました。

 現在のフランスの憲法では、この3色は国の標語である「自由・平等・友愛」を表すとされています。この標語はフランス革命から生まれたものですが、革命の当初には、3色の組み合わせにそのような意味はありませんでした。もともと青はキリスト教の聖人である聖マルタン、赤は聖ドニの色で、白は聖ジャンヌ・ダルクの軍旗に由来します。

(https://amzn.to/377g4J6)

この記事の出典元書籍(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

数カ月だけ使われた、幻の「青・赤・白」の旗

 革命の当初は、旗のデザインは公式に定められていませんでした。そのため、旗によって3色の並び順はバラバラで、横三色旗も使われていました。

 1790年にはフランス共和国の国旗が制定されますが、このときの配色順は現在とは異なり、左から「赤・白・青」でした。それが記事のトップ画像に示した旗です。

 1792年には、いったん現在の国旗と同じ「青・白・赤」となりますが、その後、ナポレオンによる帝政、さらに王政を経て、1848年には二月革命によって再び共和制となり、国旗の配色順は「青・赤・白」となります〈別画像参照〉。しかし、同年5月には「青・白・赤」が復活し、以後は今日までこの色順が続いています。

二月革命の後に数カ月間だけ使われた「青・赤・白」の国旗

 国旗が空にはためく様子を考えると、旗ざお(左側)から最も遠い部分には青よりも赤を配したほうが青空との対比で目立ち、真ん中に白を持ってくることで赤と青の両方の色が引き立つため、現在の配色は視覚的にも理にかなったものといえます。

微妙に「青の部分」が狭く「赤の部分」が広かった時代も

 旗の見え方についてもう少し説明すると、フランス国旗の「青・白・赤」の3色の比率は、19世紀半ばごろには「30:33:37」と決められていました。

 実は、この微妙な比率は、トリコロールが最も美しく見えるように考え抜かれたプロポーションなのです。さすが、「芸術の国」と呼ばれるフランスだけあって、美へのこだわりは尋常ではありませんね。

 1946年の憲法では、3色の比率は「三等分」とあっさり定められてしまいましたが、30:33:37の比率の旗は、いまも軍艦旗・民用船舶旗として、海上で使われています。

 

■〔監修者〕苅安 望(かりやす・のぞみ)
 日本旗章学協会会長。1949年、千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。総合商社に入社し東京本店、ニューヨーク支店、メルボルン支店食品部門勤務を経て、食品会社の取締役国際部長、顧問を歴任し2015年退職。2000年より旗章学協会国際連盟(FIAV)の公認団体である日本旗章学協会会長。北米旗章学協会、英国旗章学協会、オーストラリア旗章学協会、各会員。旗章学協会国際連盟にも投稿論文多数。著書は『世界の国旗と国章大図鑑 五訂版』『こども世界国旗図鑑』(平凡社)、『世界の国旗・国章歴史大図鑑』(山川出版社)など多数。

 

(https://www.amazon.co.jp/gp/product/4295404128/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4295404128&linkCode=as2&tag=cmpubliscojp-22&linkId=b21e91bdcce676349c560a74ef712371)

この記事の出典:
苅安望[監修]『国旗のまちがいさがし(https://amzn.to/377g4J6)』

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング