【45歳定年制炎上】その裏にある「見て見ぬ振りをしたい現実」
LIMO / 2021年10月4日 18時15分
【45歳定年制炎上】その裏にある「見て見ぬ振りをしたい現実」
先月9月9日に、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が経済同友会のオンラインセミナーで提言した「45歳定年制」が大きな波紋を呼んだのは記憶に新しいところだと思います。結局、翌日の記者会見で新浪氏が釈明することとなりました。
テレビのニュースなどでも大きく取り上げられた「45歳定年制」。なぜ、これだけ波紋を投げかけたのか、振り返ってみます。
「定年」という言葉が炎上を招く
新浪氏は「クビ切りする意味ではない」「会社に頼らない姿勢が必要だ」などと、その真意を説明していましたが、「単なるリストラだろう」「45歳で転職できる人はごく少数」「給料を抑えたいだけ」などの批判が巻き起こりました。
政府も加藤官房長官が9月13日の記者会見で、「私がコメントする話ではない」と論評を避けつつも、高年齢者雇用安定法には「60歳未満の定年禁止」や「65歳までの雇用確保」などが盛り込まれていると説明。「政府は法律に沿って対応していく」と強調していましたね。
やはり「定年」という言葉のインパクトが強かったのだと思います。終身雇用が半ば崩壊しつつある日本ですが、それでも、まだ多くの企業では定年で雇用が打ち切られます。
定年という言葉には、年齢で区切って社員を辞めさせるイメージがあります。というよりは、まだまだ多くの企業で従業員は定年退職するわけですから、イメージというよりは現実そのものかもしれません。たしかに衝撃的すぎますよね。
実は非現実的な「45歳定年制」
もともと45歳定年制は非現実的な話です。日本では法律上、定年年齢は60歳を下回ることはできません。仮に、ある企業が45歳定年制を実施し、45歳を過ぎた社員を強制的に解雇すれば「解雇権濫用法理」(労働契約法16条)に抵触します。
さらに、定年延長が世界的な流れです。日本でも高年齢者雇用安定法による65歳定年制が、2025年4月からすべての企業の義務になります。
これは、厚生年金の支給開始年齢が2013年から3年ごとに1歳ずつ引き上げられており、2025年に65歳になるのと同タイミングです※。世界的に見ても、年金受給年齢の引き上げとリンクして定年延長を進めている国もあります。
※男子の場合。女子は2018年度から3年に1歳ずつ12年かけて65歳へ引上げ。
この辺の事情を新浪氏が知らないわけはないので、今回の発言は確信犯的な炎上狙いのような気もしますね。では、そこまでして、新浪氏はなにを伝えたかったのか。
新浪氏の発言から。「45歳は(人生の)節目。スタートアップ(への転職)とか、社会がいろいろな選択肢を提供できる仕組みが必要だ」。さらに現在の社会保障制度にも言及。「現制度は1970年代の高度成長期に基づいた制度だ」と主張しています。
たしかに、日本の現役世代の社会保障は企業が肩代わりしている側面があります。昭和の時代には“社宅"なるものも存在し、企業が社員の面倒をみるという面が多分にありました(いまでも借り上げ社宅は存在しますが)。
日本の場合、こうしたことが社員の企業への依存心を過剰に高めている面もあるのかもしれません。
「無能な人が切れるほうが、もっと優秀な人が雇える」
今回の発言は、SNSやテレビでも多くの賛成・反対の意見が飛び交いました。最も過激とも思われる発言を一つ紹介します。
実業家で「2ちゃんねる」開設者のひろゆき氏のテレビ番組のコメントから。「社会保障を用意したうえで、辞めても暮らせるよと、無能な人が切れるようにしたほうが、企業はもっと優秀な人を雇える。社会保障とセットでやるのはありなんじゃないか」。
多分、これはBI(ベーシックインカム)等を意識した発言とも思われますが、社会保障にも問題があるという考え方は、新浪氏とも共通しているようです。
前提として、ひろゆき氏は「45歳定年制に反対してる人って、無能だけど会社にしがみつきたい人だと思うんですよね」ともコメントしています。
個人的には、この“無能"という言葉がかなり曲者だと思っています。極端な例では、これだけ技術の進歩が早く、産業構造もめまぐるしく変化する現在は、優秀だった人が5年後には“無能"になることもあり得ると考えています。
だからこそ、リスキリング(学び直し)やリカレント教育(生涯を通して勤労と学びを交互に行う)というキーワードが注目を集め、それらの制度の社会実装が議論されている面もあります。
いずれにしろ、日本の安定した雇用、言い換えれば雇用硬直性が、いまの時代の現実には対応しきれない面は少なからずあると思います。
みんながうすうす気づいている問題の核心は?
雇用形態は業種や企業規模でさまざまです。現在の典型的な大企業のケースをみてみます。55歳で役職定年(「部長」などの肩書きが外れる)、60歳で一応定年、それ以降65歳まで雇用延長ないし再雇用といったキャリアパスが用意されています。
2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法では、企業に65歳までの雇用確保を義務づけるとともに、65歳から70歳までの就業機会を確保することを努力義務としています。
将来的には「70歳定年制」の時代がやってくるかもしれません。問題は、これに持続可能性があるかということです。
65歳まで同じ会社に留まって、モチベーションを高く保つことは容易ではないですし、さらに70歳となると、そんなことは可能でしょうか。そして、そのような制度を押しつけられた企業が果たしてやっていけるのか。
日本は海外と比較し勤続年数が長い傾向がありますし、給与体系も年功序列がまだ残っています。60歳以降の再雇用で給与がガクンと下がるといっても、それが若い人たちの職を奪っているという面もあります。
端的に言ってしまえば、世界と同じように、もっと雇用流動化した社会にしないとムリな気もします。これは雇用体系の問題だけではなく、社会保障や、新卒一括採用廃止にともなう大学教育の見直しなども含めてです。
そして、実はこのことに多くの人たちが、うすうす気づいているのかもしれません。それが45歳定年制がこれだけ波紋を投げかけた背景とも思えるのです。
参考資料
支給開始年齢について(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001r5uy-att/2r9852000001r5zf.pdf)(厚生労働省)
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