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LINE問題に潜む「中国」の影。日本の個人情報は大丈夫なのか?

トウシル / 2021年3月25日 5時10分

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LINE問題に潜む「中国」の影。日本の個人情報は大丈夫なのか?

 いわゆる「LINE問題」が世間を騒がせています。

 去る3月17日、国内に保存されたユーザーの個人情報について、十分な説明のないまま中国の関連会社の技術者がアクセスできるよう設定していたことを、朝日新聞が報じたことを引き金に、一連の騒動に発展しています。通信アプリ「LINE」ユーザーは国内で8,600万人を超えるとされ、行政内部におけるやり取り、および行政サービスでも、広範、日常的に利用されてきました。故に、官民を超え、日本中を震撼させる事態へと展開を見せているのでしょう。

 私自身、帰国時の空港で設定された「LINE」アプリから、14日間の自宅隔離期間中の健康状況を、日々報告したのを克明に覚えています。

 通信という分野に全く疎い私から見ても、今回の事件は、IT時代におけるデータ管理、プライバシー保護、ビジネスモデルや行政の在り方、国境を越えたビジネスやサービスに潜むリスク、対外関係、国民感情など、あらゆる要素が複合的に絡み合った問題です。

 23日夜、会見を開いたLINEの出沢剛社長は、「グローバルで成長してきたが、世の中の状況の変化で見落としてきたことが多かった」と反省の念を述べています。しかし、LINE社だけでなく、政府や国民がこの問題から教訓を見出し、グローバル化するIT時代におけるコミュニケーションの在り方を再考、再出発する機会になればと切に願います。

 本レポートでは、私の専門分野である中国という1点に絞り、今回のLINE問題を紐解くためのケーススタディーとなるよう解説します。

 具体的には、(1)中国という要素がLINE問題に火に油を注いだ理由、(2)中国でデータ管理やプライバシー保護はどうなっているのか、(3)中国の何が問題なのか、という3点を、私自身の体験を交えつつ、考えます。

「中国」がLINE問題に火に油を注いだ理由

 23日の会見の中で、出沢社長は、「23日現在、プライバシー性の高い個人情報に関しては、中国からのアクセスを遮断している」と述べ、韓国のデータセンターに保管されているアプリトーク内の画像や動画などについても、国内への移転を6月までに完了する予定であると説明しています。

 今回のLINE問題は、「中国」だけではなく、日本国民の個人情報が国境を越え、考え方や価値観を異にする海外企業に接触されるという問題の敏感性や複雑性を露呈しました。それは、「データはどう管理されるべきか」「個人情報はどこまで順守、尊重されるべきか」「行政と民間との関係はどうあるべきか?」など個人情報保護の根幹の問題です。

 とりわけ近年、日本は中国、韓国との間で、歴史や領土に関わる問題が引き金となり、外交関係や国民感情がしばしば緊張、悪化し、その過程で、企業活動も少なからず影響を受けてきました。仮に、このLINE問題に関わる海外の主要なプレーヤーが、中国、韓国ではなく、米国とカナダ、ドイツとフランス、あるいは台湾とシンガポールだったりすれば、事態はまた違った展開を見せているのではないかと、個人的に推測します。

 そして、このLINE問題を眺める過程で、私の脳裏に浮かんできたのが、中国の通信大手・華為技術(ファーウェイ)です。同社の存在や行動は、国家間で外交問題化してきました。米国のトランプ前政権下でも、「1民間企業」である同社に対して制裁措置が取られるなど、物議を醸してきました。

 私自身、数年前、東欧州にある某国政府の幹部から、ファーウェイからオファーが来ている5G(第5世代移動通信システム)導入を受け入れるべきか否か、相談を受けたことがあります。日本を含めた各国が、中国発の、特に国家機密や個人情報へのアクセスを可能にしてしまう技術や商品への警戒や疑念は全く拭えていません。

 ファーウェイ社に関して言えば、創業者・最高責任者である任正非(レン・ジェンフェイ)氏が、過去に中国人民解放軍に勤務をした経験があるという背景が原因となり、氏自身、解放軍、そして同軍を領導する中国共産党、ファーウェイ社との関係が疑問視されてきました。

 例えば、「ファーウェイ社が自らの技術やサービスを通じて得た他国政府や国民の情報を、党や軍から提供しろと命令された場合に、どう対処するのか?」といった疑念です。

 私から見て、中国は官民を含めた「国民国家」として依然、この疑念を自らの説明や行動で払拭することができていません。このような背景が、LINE問題をめぐる一連の騒動に、「中国」という要素が覆いかぶさるという構造を生んでいるのでしょう。

中国でデータ管理やプライバシー保護はどうなっているのか

 2017年ごろのこと。中国のインターネット大手・騰訊控股(テンセント)でユーザーのデータ管理を統括する中堅幹部(40代、男性)と話をしたことがあります。北京で行われたあるトークイベントの後、楽屋のような場所で、二人でいろいろと話をしていたのですが、こちらから質問したわけでもないのに、先方は突如、次のように言い放ちました。

「我々は、 WeChat(ウィーチャット。筆者注:中国語で「微信」。テンセント社が開発したインスタントメッセンジャーアプリ)のユーザーが世界中どこにいたとしても、彼らの情報に瞬時にアクセス、管理できる」

 この文言自体は大した情報を含んでいませんし、想定内ですが、話のテーマとしてはなかなかセンシティブな内容。彼の言葉にかぶせるように、突っ込んだ質問をしてみました。

「仮に、御社のユーザーの個人情報を、政府当局から提供するように要求された場合、どう対処するか? 御社と当局の間に、ユーザー情報をめぐる恒常的なやり取りはあるのか?」

 先方はひるむわけでもなく、即座に返答してきました。

「ユーザーの情報を恒常的に提供することはない。ただ、弊社が商品やサービスをユーザーに提供する過程で、特に政治的に敏感な内容や対象に及ぶ場合、当局の指導を受ける立場にある。当局から要求されれば、我々はそれを拒否、無視する立場にはない」

 動機、内容、ユーザーの内訳はともかく、政府から「何か」を要求されれば、それに応えることを義務付けられているということ。仮にそれがユーザーの個人情報に及ぶものだったとしても、ユーザーが外国人だったとしても、と解釈して間違いないでしょう。

 LINE問題に関して、筆者が推察する限り、仮に、LINEユーザーの個人情報にアクセスする権限を持っていた中国の技術者が、中国当局から、「この人物に関する情報を可能な限り詳細にまとめ、後日提出するように」と命令されたとして、この技術者にそれを拒否、無視する選択肢はほぼないと言っていいのです。技術者としての職業倫理、LINE社と締結していた業務契約うんぬんに関わらず、やや誇張した表現をすれば、拒否はすなわち「死」を意味します。拒絶後、この人物が中国の領土内で、正常な生活を送ることが困難になるリスクを内包しているということです。本人だけではない。家族や友人、上司や部下にも影響が及ぶ可能性も大いにあります。

 ただ、1民間人がそういう危ない状況に陥ったとしても、味方になってくれる社会のプレーヤーは極めて限られています。中国において、メディアは中国共産党や政府の厳重な監督下にあります。特に、習近平(シー・ジンピン)新時代に入り、この傾向はあからさまに強まっている、政府による横暴をメディアが権力の監視という立場に立って暴く空間や可能性は著しく小さくなっているのが現状だと言えます。

私自身のWeChat使用過程での体験

 このテンセントの中堅幹部は「特に政治的に敏感な内容や対象に及ぶ場合」という言及をしました。まさに、過去10年以上にわたって、中国本土や香港で言論活動をしてきた私にとっては、まったく人ごとではなく、個人的に「この問題」には日々注意しながら対処してきました。

 例えば、「中国のLINE」に相当する「WeChat」は、中国人との間で、すでに連絡の手段としてだけではなく、仕事関連の交渉をしたり、政策に関する議論をしたりするプラットフォームになっています。私自身は、基本的に、「WeChat」で言及する内容、連絡先、同アプリに登録している銀行口座などを含む個人情報は、すべて当局によって見られているという前提で使用しています。

 私は中国政治や国際関係の研究や発信に従事しています。まぎれもなく、中国当局が政治的に敏感になる、故に監視の対象とする人間です。会話の過程で記す文字、添付する写真やファイルなどは足跡を残しやすいので、若干敏感な話をする際は、ボイスメッセージを使ったり、アプリ内の電話機能を使うようにしています。それでも固有名詞は可能な限り使わず、イニシャルや暗号を用いて意思疎通を図るようにしてきました。

 仮に一人のユーザーが、「WeChat」内で(特にグループチャットに当局は警戒する)、中国共産党が政治的に嫌がる内容を頻繁にやり取りしたり、文章や写真を添付、配信したりした場合、テンセント社は、当局の指示を受ける形で、あるいは当局にそんたくする形で、同ユーザーのアプリ使用を禁止すべく、登録を強制的に抹消します。私の周りでも、抹消に遭遇した知人は、仕事のパートナーを含め、多々存在します。

 近年、印象的だった例を一つ挙げます。

 2018年以降、私は香港を拠点に活動してきました。「逃亡犯条例改正案」をきっかけに、2019年6月以降、頻繁に発生した反中・反共抗議デモ(香港では「反送中運動」と呼ばれる)は、いまでも記憶に新しいでしょう。デモの現場に足を運び、写真や映像に収めました。そして、できる限りしないようにはしていましたが、時折、中国本土にいる知人の要請を受け、現場の写真を「WeChat」を通じて送信しようとしたことがあります。

 こうした場合、往々にして発生するのが、香港から送信している私のスマートフォン画面では、送信完了となっているのに、中国本土にいる先方が受信できないというケースです。写真、文字、ファイルを含め、送信できない、受信できない、送信したと思っていても、相手に表示されないといった事態は頻繁に発生します。

 テンセント社内部に、ユーザーの情報発信や意思疎通を監視、審査する部門や、政府との関係を円満に処理するための部門があります(アリババや百度を含め、中国のIT関連企業内部にはこの手の組織があり、日々慎重に案件を処理している)。これらの部門が、自主的に検閲の対象とするキーワードや人物に関するリストを作成、アップデートし、日々の業務の中で実践しているのです。仮に、自社の「管理不足」「検閲不徹底」が原因となり、当局の指導や介入を招けば、往々にして罰金や処分が下されます。そうならないように、事前に対処法を見出し、ユーザーの情報、ユーザー間で行われるやり取りを監視、管理しているということです。

中国の何が問題なのか?

 問題は、中国という国家の異質性、特異性に見出せると個人的には考えます。体制、体質、国民性などを含めてです。「中国の特色ある社会主義」という政治体制を採用し、市場経済が社会主義の支配下で展開される中国。そこでは、党や政府から命令、要求されれば、民間企業や一般市民はそれに従うしかありません。

「お上」から強要された市民が、その恐怖から身を守るために、世論で声を上げても、メディアに「ネタ」として持ち込んでも、それが明るみになることは往々にしてありません。政治と社会、政府と市場の関係、メディアの役割と責任を含め、これらは基本的に中国の政治体制に立脚しています。

 と同時に、中国の人々は、日本を含めた他国民に比べて、個人情報が明るみになったり、軽率に扱われたりすることへの拒否反応が小さいようです。特に、「お上」である党や政府が、政治や社会の安定、為政者としての権威性を確保するという観点から、人民に個人情報の披露や共有を求める場合、拒否反応を示すどころか、自ら喜んで応じる場面も多々あります。「それがお国のためになるなら」という「愛国心」を覚える人も少なくありません。

 私がここで指摘したいのは、今回のLINE問題でも核心的テーマの一つとなっている個人情報の管理をめぐって、日本と中国では、その前提や舞台が全くことなるということです。関連企業を監督する立場にある当局も、企業の商品やサービスを利用する立場にある国民も、何をもって国民のプライバシーとするか、それらはどう守られるべきかなどをめぐって、背景としての体制や国民性は相いれないと言えます。

 それ自体は問題ではありません。すべての国には独自の法律やルール、社会の構造や国民性があり、国と国の間でギャップが存在するのは当たり前のことです。問題は、そういう国同士で、国境や制度を跨いで取引をする場合に生じ得るリスクをどう管理するか。それらをめぐる説明責任をどう果たし、透明性をどう確保していくかにほかなりません。

 その意味で、私から見て、今回のLINE問題は「氷山の一角」でしかありません。

 今後、特に中国のような政治の体制や社会の体質を異にする国家、マーケットと付き合っていく際に、前提としてその異質性と特異性を念頭に置いた上で、行政が扱う国家機密や国民の安全を左右し得る個人情報に関わる企業が(情報だけでなく、技術や資本を含め)、リスク管理と透明性確保を事前に整え、各種事業を展開していく必要があるということでしょう。

(加藤 嘉一)

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