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中国・芸能界の“文革”はじまる?規制強化で生じる不都合な真実とは

トウシル / 2021年9月16日 6時0分

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中国・芸能界の“文革”はじまる?規制強化で生じる不都合な真実とは

 習近平政権の“規制ラッシュ”が止まりません。今度の標的は芸能界。法外な報酬を得る女優の脱税に対して巨額の罰金を科し、不透明な業界の慣習、行き過ぎた商業主義、過熱する追っかけ現象や肥大化するファンクラブ制度などにメスを入れようとしています。

 いま中国芸能界で起こっているこの現象は何を意味するのか。今回、読み解いていきます。

人気女優の脱税による51億円罰金は「始まりの始まり」に過ぎない

“規制ラッシュ”が芸能界を襲撃する上で、象徴的な事件となったのが、女優・鄭爽(ジェン・シュアン)の脱税事件。「陰陽契約」と呼ばれる、書面の契約と口頭の契約で契約料が違う二重契約を利用した脱税が上海税務局の調べで発覚し、2.99億元(約51億円)の罰金と追徴税が科されました。

2018年に8.84億元(約146億円)の罰金・追徴税を科せられた范冰冰

 本件は国レベルで重視され、国家税務総局による指導と監督の下、天津市、北京市、浙江省、江蘇省の税務局が上海当局に協力し、4カ月の調査を経て立件されました。

 人気女優の脱税事件と言えば、2018年、范冰冰(ファン・ビンビン)が8.84億元(約146億円)の罰金・追徴税を科せられています。

 鄭爽と同様「陰陽契約」を利用した脱税行為でしたが、范冰冰は国民的女優であり、かつ科された金額も今回の約3倍。事件がもたらした衝撃度とニュース性としては前回のほうが断然大きかったわけですが、いま中国で何が起こっているのか、今後、中国のエンターテインメント市場にどのような影響を及ぼすのかという観点からすれば、今回のほうが数倍重要。3年前は単発の重大事件&特大ニュース、今回は、一連の事件や問題の発展につながる「始まりの始まり」というのが私の見方です。

中国芸能界を震撼させた二つの『通知』

 上海税務局が鄭爽に罰金を科した8月27日、中国サイバースペース当局が『“飯圏”乱象をより厳格に取り締まることに関する通知』を発表しました。日にちが偶然重なったわけではありません。

「飯圏」(ファンチュエン)というのは、芸能界においてアイドルや著名人の追っかけ現象を表した造語です。当局は、一般市民のアイドルや人気女優への追っかけや崇拝が行き過ぎていて、エンターテインメント市場がカオスと化していると言っているのです。

「通知」を具体的に見ていくと、次のような項目が含まれます。

・芸能人の人気ランキングを廃止
・芸能プロダクションを厳しく管理
・ファンのツイッターアカウントを規範化
・ファンを誘惑することによる消費を禁止
・番組設置への管理を強化
・未成年の関与を厳しく取り締まる
・ファンに向けた資金調達を規範化

 鄭爽の中国版ツイッターのフォロワー数は約1,200万(中国芸能界、著名人の中では突出して多いとは言えない)程度ですが、所属芸能人を売り込みたいプロダクション側は、インターネット上であの手この手を使って知名度を高め、イベント開催を通じて巨額の収益を上げている、肥大化するファングループがそれに加担している、双方の関係性は不透明で、結果的にカオス化している、故に取り締まりを強化する必要あり、ということなのでしょう。

 また例として、8月26日夜、親日的と猛烈な世論批判を浴びた経験を持つ人気女優・趙薇(ジャオ・ウェイ)の名前が中国の主要な動画サイトで検索できなくなり、過去に出演した数々のテレビドラマのクレジットからも同氏の名前が削除されました。中国版ツイッターでも、趙薇のファンが集うコミュニティーが突然閉鎖されています。当局による取り締まりを恐れるあまりに起こる現象だと言えます。

 上記の「通知」以上に重要なのが、9月2日、中国国家ラジオテレビ総局が発表した『文芸番組およびその人員への管理強化に関する通知』です。当局は、芸能人の違法行為や道徳失墜、「飯圏」乱象を厳しく取り締まり、愛党愛国や道徳意識に満ちた業界の風潮を鮮明に確立するためにこの『通知』を出したと断った上で、次のような点を要求しています。

・政治的立場が正しくなく、党、国に背く人員、社会の公平、正義のボトムラインを揺るがす人員を断固として使わないこと

・アクセス数至上主義や不良な「飯圏」文化を断固として取り締まること

・行き過ぎた娯楽化を断固取り締まると同時に、文化的自信を胸に、中華の優秀な伝統文化、革命文化、社会主義の先進的文化を大々的に高揚させること

・役者や出演者の報酬を厳格に規定し、それらの人員に社会的責任を持ち、公益性のある番組に参加するよう呼びかける。「陰陽契約」や脱税行為を厳しく処罰すること

・専門的、権威的な娯楽評論を展開する。正しい政治的方向性、世論的誘導、価値観志向を堅持すること

「飯圏」や「陰陽契約」という言葉が出てきていますが、8月27日と9月2日の両『通知』が、当局による一貫した立場でつながっているのが明確に見て取れるでしょう。前者が主にエンターテインメント市場でカオス化した現象を取り締まることにフォーカスしていたのに対し、後者は芸能という業界における経済、政治的側面まで踏み込んでいるのが特徴です。

 政治的に正しいこと(英語で言うところの「ポリティカルコレクトネス」)、要するに中国共産党が正しいと定義・主張する考え方やイデオロギーを守るだけでなく、それを前提にした上で、番組構成や人員采配を行うように指示しています。

 脱税行為を処罰する、説明のつかない、不透明なプラットフォームを取り締まるという程度であれば、それは市場の秩序や公平な競争を当局が保護するという意味で、歓迎すべきことです。

 しかしながら、芸能界・エンターテインメントという、自由な発想、価値観や人材の多様性が本質的にものをいう業界において、共産党の政治思想やイデオロギーを前面に押し出し、その枠組みの中で取り組むように命じるのは、業界全体を萎縮させ、市場の活力を奪ってしまうとも限りません。

芸能界規制強化の背後にあるのは「共同富裕」構想

 中国当局は、なぜこのような「愚策」を発表したのでしょうか?

 結論を言えば、最近、IT教育オンラインゲームといった業界で横行する規制ラッシュの一環であり、それは習近平(シー・ジンピン)政権の特徴を直接的に体現するものと言わざるを得ません。

 そして、ラッシュの背景にあるバックボーンこそが、先週のレポートで報告した「共同富裕」構想に他ならないのです。

 この問題を考える上で、先日、私が話を伺った中国経済官僚の考えが参考になります。

「鄧小平(ダン・シャオピン)が掲げた先富論は、まず一部の国民を富ませ、その後、ほかの国民を後に続かせるという計画であった。要するに、率先して裕福になった国民は、いまだ裕福ではない国民たちに手を差し伸べ、自らの富や財を社会に還元し、同胞と共有することが前提だった。しかし、先に富んだ人間はそうはせずに、勝ち逃げに走った。だからこそ、我々は共同富裕を政策として掲げ、勝ち組を逃がさないようにしているのである」

 この言葉を聞いて、これまで付き合ってきた中国人たちの表情や様子が脳裏に浮かんできました。

 遼寧省瀋陽市でタクシーの運転手をしていた男性(40代)は月収約2,000元(約3万4,000円)でした(2017年時点)。

 一方、鄭爽と同じくらいの人気度を持つ女優(30代)のドラマ一話への出演料は50万元(約850万円)でした(2018年時点)。中国のドラマは異常に長いことが多いですが、30話に出演すれば1,500万元(約2億5,000万円)。彼女にはその他の収入もありますから、両者の年収ギャップは少なく見積もって1,000倍。

 年収が高いことがよいか悪いか、芸能界にこれだけの資本が集まっているのがよいか悪いかは別として、社会主義国として共同富裕を掲げる中国の執政党(与党)である中国共産党が、この異常な格差を容認することはできないということなのでしょう。

 収入が高いことは悪いことではない。当人の責任でもない。収入が低い人間には、それはそれで自らの能力や行動に足りない部分があるのかもしれない。しかしながら、共同富裕を掲げつつ、格差是正に本腰を入れて取り組もうとしている中国で稼ぎ、生きていこうとするのであれば、高所得者、高収益企業は、低所得者、中小企業をサポートすべく、自らの富を社会、人民に還元しなさい。中国当局はこのように主張、要求しているのでしょう。

 独禁法違反でアリババに科された3,000億円、脱税で鄭爽に課された51億円。背景にある論理は全く同じ。「共同富裕」が目的であり、規制強化はそのための手段。これからも中国という巨大市場で生き残っていこうとするのであれば、当事者たちに当局に歯向かう選択肢はありません。科された額を払い、「襟を正してくださいました」と党に謝意を示し、過失を犯した分、これからしっかりと人民に奉仕しますと誓うのです。

 高所得者・高収益企業が低所得者層に寄り添い、富や財を社会に還元していくことには意味もあるでしょう。世界一の経済大国・米国にも寄付・慈善事業の文化は根強いです。

 一方で、当局からの政治的な要求を満たすことに躍起になり、規制強化を逃れることに疲弊する当事者たちの企業収益や行動意欲が削がれ、結果的に経済成長の足かせとなってしまうリスクは軽視できません。

 そして、経済が低迷すれば、当然、中国共産党の正統性にも影響が出てきます。このあたりの「不都合な真実」をどうマネージするかが鍵になっていくでしょう。

(加藤 嘉一)

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