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将来のインフレのリスクにどう対処すべきか

トウシル / 2021年10月19日 9時0分

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将来のインフレのリスクにどう対処すべきか

※本記事は2014年10月17日に公開したものです。

個人向け国債・10年変動型

 市井の人々が、将来のインフレのリスクを全く心配せずに済むようになったら、金融商品のセールスマンは相当に困るにちがいない。そう思わせるほどに、これまで「インフレのリスク」は、リスクを取った資産運用の必要性を説くために使われてきた。「将来のインフレ・リスクのヘッジのために」というのが、長らく続いたデフレの時代にあってさえ「貯蓄から、投資へ」を勧誘するセールスマンの常套句だった。

 確かに、老後に備える生活設計を考える場合、蓄えた金融資産の実質価値をどうやって減価させないようにするかを考える必要がある。将来にわたってデフレが確実だというのでないかぎり、「タンス預金」では心許ないことは自明だろう。

 但し、これまでのようにデフレないしはゼロ・インフレの場合、多くの日本人が賢くもそうしてきたように、銀行の預金にお金を置いても問題はない。固定金利の長期債なら、なお良かった。

 また、長短共にゼロに近づいた超低金利の環境下では、金利がほぼゼロでも機会費用が小さいので、流動性・利便性の高い普通預金の相対的な優位性が高まっていると考える事ができる。普通預金にお金を置いておくことが、それほど「もったいなくない」のだ。

 一方、長期国債をはじめとする、将来のキャッシュフローが固定された長期の債券や、部分的な途中解約でも金利の優位性を失ってしまう定期預金などは、将来時点で金利全般の上昇を伴うはずの物価上昇局面に対して、全く強くない。

 安全に運用できる対象で、この点について相対的な強みがあるのは、個人向け国債の10年満期で変動金利のタイプだ。

 これは国債なので、先ず、個別金融機関の経営リスクを気にせずに預金保険の限度を超える額を運用出来る「ペイオフ対策商品」である。さすがの財務省も「国債なので、銀行預金よりも安心です」とは謳わないが、預金保険の1千万円を超えるお金を安全に運用したい向きは覚えておきたいポイントだ。

 また、このタイプの個人向け国債は、将来金利が上昇しても通常の長期国債の価格のように元本割れしないし、高水準の長期金利で利回りを固定したいようなチャンス局面が来たと思った場合に、直近利払い2回分のペナルティで、元本で換金出来るという実質的プットオプションが付いている。

 目下の利回りは、半年物と考えるとマーケットで形成されている金利よりも非常に有利だし、銀行の5年、10年の定期預金と較べても見劣りしない。総合的に見て、「国債暴落」にも「銀行破綻」にも強い、大変優れた運用対象だ。

物価連動国債

 但し、今後、インフレ率が上昇する中、長期金利が(日銀の買い入れなどで)インフレ率よりも低位に抑えられるような「金融抑圧」的な環境が続くと、実質利回りが継続的にマイナスになる可能性はある。

 経済的な理屈を考えると、長期金利を長期間実質マイナスの状態に置くことはかなり難しいが、現在がそうであるように全くあり得ない訳でもない。

 この場合、一つの選択肢として考えられるのは、2015年から個人も買えるようになる物価連動国債だ。

 物価連動国債では、元本額とクーポンの両方が消費者物価指数に連動するので、将来のインフレ変動をヘッジした実質利回りを概ね固定することができる。また、物価変動がマイナスの場合、償還額が元本割れしないようにフロアが付いた設計になっている。投資した時の価格が100を超えている場合に、売却損が出る場合があるが、幾らか安心だ。

 しかし、たとえば2014年10月8日に財務省が発表した物価連動国債の応札結果を見ると、10年物価連動国債は表面利率が0.10%で、最低落札価格が108円05銭(最高落札利回りはマイナス0.6580%)と、結構なマイナス利回りになっていた。実質マイナスの利回りでも、インフレ・リスクをヘッジしたいと思うかどうかは投資家の判断の問題だが、筆者は、魅力的な運用対象だとは思わない。

 もちろん、運用資産のインフレ・リスクを目に見える形でヘッジしたいという方にはいい運用対象になる可能性がある。但し、これに資産全額を投じる人は少ないだろうし、部分的な購入では、資産額全体をインフレのリスクからヘッジしたことにならないので、実質マイナスの利回りを甘受するほどに魅力的だとは思えない。

 もちろん、個人が買えるようになってからどんな利回りになるか、その都度注意する必要はありそうだ。満足できる利回り水準でインフレ・リスクをヘッジできる局面があれば、物価連動国債での運用は有力な選択肢になり得る。

公的年金運用とインフレ

 厚生年金や国民年金、あるいは公務員が加入する共済年金では、将来の賃金上昇率を意識して運用目標を考えることが一般的だ。年金財政の計算上、年金保険料は賃金に連動して変化するし、年金給付も概ね賃金水準に連動すると考えることが出来る。ここで、年金積立金も賃金上昇率に負けないように運用できれば、年金財政全体を通じて賃金変動のリスクを吸収できる。

 インフレ率と賃金上昇率は、相当程度連動するはずだが、どちらが高いと考えるべきだろうか。

 近年、物価の下落以上に、勤労者の所得が減少してきたので、リアリティを感じないかも知れないが、技術進歩などによる生産性の改善があって、労働分配率が低下しなければ、実質賃金上昇率、すなわち名目賃金上昇率からインフレ率を引いた値はプラスになることが期待される。

 賃金上昇率に追随できる運用が出来るなら、主に老後の生活に備えた個人の資産運用にあっても概ね問題ないと考えて良さそうだ。公的年金の運用方法で、個人の資産運用の参考になる点はないか。

 公的年金の運用計画では、日本経済全体の付加価値の変動に関して、(1)長期金利は物価変動を吸収した実質金利を長期的には確保するだろう、(2)生産性の向上分は労働力と資本へ、つまり賃金と株式に配分されるはずだ、という考慮に基づいて、国債を中心とする債券ポートフォリオに運用資産の大きな部分を配分し、これに株式の保有を付け加えるポートフォリオを基本としてきた。

 株式をどの程度持つのがいいのかについては、GPIF(公的年金)、国家公務員共済、地方公務員共済など、性質が似た資金の運用にあっても基本ポートフォリオに大きな違いがあったように、共通に納得できるような決め方がある訳ではない。

 それぞれの資金に主としてリスクに対する考え方の差があったが、これまで、「国内株式」と「外国株式」を8%〜12%程度ずつ(理論的根拠はないが国内株を外国株よりも多く持つ条件で計算することが多かった)持ち、資金によっては、外国債券を数%持つ、といった資産配分構成で、「賃金上昇率+αの運用が出来る」としてきた。

 尚、国家公務員共済組合連合会(通称「KKR」)が外国債券を基本ポートフォリオに含めなかったのは、(1)外国債券が10%程度のリスク(年率リターンの標準偏差で)を持つにも関わらず期待リターンが国内債券よりも高いと言えないこと、(2)外国債券が良いパフォーマンスを上げる円安時には外国株式はもちろん、国内株式もパフォーマンスが上がりやすい相関性があるので、内外の株式を持っていれば外国債券は不要だとの判断があったからだ(筆者は妥当な判断だと思う)。

個人のインフレヘッジ・ポートフォリオ

 公的年金のポートフォリオを参考に、インフレ対策を意識した個人の資産配分例を考えるなら、例えば、「国内株式」15%、「外国株式」15%、残りの70%は個人向け国債、といったポートフォリオでどうだろうか。株式の比率は、内外ほぼ同じを保ちながら、個人のリスクに対する許容度で増減して欲しい。

 公的年金の運用計画の考え方で明らかにおかしいのは、同じポートフォリオを10年、20年と持ち続ける前提で資産の期待リターンを考えることだ。しかも、年金財政検証のもとになっている政府の長期経済見通しという凡そ当てにならないものを前提に、たとえば、現時点ではあり得ないような債券の期待リターンを考える。

 本連載でも何度か書いたように、運用の前提となる「期間」を決める主要なファクターは、運用の前提条件の変化とポートフォリオの調整コストとから決まる「ポートフォリオに可能な調整速度」だ。130兆円近くを運用するGPIFのような主体でも、5年もあればポートフォリオの内容をそれなりに大きく動かすことが出来る。10年、20年を同じポートフォリオで運用すると考えるのは愚かだ。

 個人のポートフォリオの場合、GPIF等よりも明らかに小回りが利くので、現在、長期金利が超低位で、債券の期待リターンが低く、今後のインフレ率上昇の可能性を考えると、公的年金が持つような国内債券のポートフォリオを持つよりは、むしろ「現金」に近く、長期金利上昇に強い個人向け国債を持っておくといいのではないか。

 内外の株式が合計30%あるが、株式はインフレ率の上昇の特に前半期に高いリターンを上げてインフレに対する追随をある程度可能にするし、インフレの原因となり得る円安時に高いリターンを上げるので、3割程度持っていると、運用資産全体としてインフレに追随できるのではないか。

 金などをはじめとする商品では、リスクに対する期待リターンの補償がないし、物価連動国債はかなり大きな配分で投資しないと運用資産全体がインフレに追随出来ない上に、はじめからマイナスの実質リターンでは魅力が乏しい。

 もちろん、リスクに対する考え方と、株式に対する期待リターンの判断によっては、もっと比率を上げてもいいし、逆に比率を下げてもいい。

 結局、インフレへの厳密な追随にコストを掛けるよりも、時々に(個人の場合1年単位くらいの期間意識で)、「物価上昇の可能性を意識しつつ(物価上昇は同時に金利上昇の可能性でもある)、可能なリスクの範囲で効率よくリターンを稼ぐことを目指す」といった考え方で、運用するといいのではないか。つまり、直接のインフレ・ヘッジに拘らずに運用を考えていい。

 但し、このポートフォリオでは、物価の下落と景気の後退が起こるような場面には有利でないことを意識しておきたい。変動金利で10年満期の個人向け国債は、その場合でも悪くない運用対象だが、株式部分は苦戦する公算が大きい。

 何はともあれ、金融セールスマンの「将来のインフレ・ヘッジのために」という常套句に対して、精神的な距離を置くべきだろう。インフレ・ヘッジに関して他人を納得させる答を示さなければならないという意識に自分を追い込まないように注意しよう(セールスする側はその状態に“追い込む”ことが狙いなのだから)。

 許容出来るリスク範囲の中で、効率の良いリターンの向上を狙う基本的な運用のフォームを崩す必要はない。

【コメント】

 インフレのリスクが気になって仕方がないという心境に陥る投資家さんがときどきいる。物価連動国債や商品ファンドなどは、どうかと聞かれることが時々ある。彼らの特徴は、さまざまなリスクの中でとりわけインフレ・リスクだけがとりわけ大きなものに見えていることだ。

 実際には、過去30年くらい「日本の財政状況を考えるとインフレは来る」(間違いである)と言われていたものの、インフレはさっぱり起こらず、むしろデフレが問題だった。また、投資や人生には、多分インフレ以上に重要なさまざまなリスクがある。インフレのリスクだけに的を絞って、リターンの期待できない債券を買ったり、高い手数料を支払ったりするのは非合理的だ。

 本文中にあるように、「個人向け国債と少しの株式」(リスクを大きく取りたくない人の場合)くらいで十分間に合うことが多いはずだ。尚、本文中、個人のアセットアロケーションを比率で示しているが、これは筆者の古い記事だからだ。現在は、個人のリスク資産保有は「比率」でなく「金額」で考えるほうが適切だと思っている。(2021年10月17日 山崎元)

(山崎 元)

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