植田日銀総裁インタビュー後の円高が示した、コミュニケーション正常化と12月利上げの織り込み度(愛宕伸康)
トウシル / 2024年12月4日 8時0分
植田日銀総裁インタビュー後の円高が示した、コミュニケーション正常化と12月利上げの織り込み度(愛宕伸康)
とても12月利上げの織り込みを狙ったとは思えないインタビュー記事
日本経済新聞は11月30日の午前2時、「植田日銀総裁、利上げ『賃金・米国見極め』 データ想定通り 植田和男・日銀総裁インタビュー」、「日銀総裁『一段の円安、リスク大きい』 政策変更で対応も」という記事を電子版で配信しました。インタビューは28日に実施されたようです。
11月20日のレポートで、「市場の織り込みを進めるための情報発信があるかもしれない」と指摘していた筆者にとっては、こうした記事が出ること自体は全く驚きではありませんでしたが、中身は「ん?」と思わざるを得ないもので、市場が円高・金利高で反応したのは正直意外でした。
というのも、確かに記事の見出しには「データ想定通り」とありますし、「徐々に次の利上げのタイミングは近づいていると言えるか」との質問に対して植田和男総裁は、「経済データがオントラック(想定通り)に推移しているという意味では近づいていると言える」と答えてはいます。
しかし、続けて「ただ米国の経済政策の先行きがどうなるか、大きなクエスチョンマークがある。当面、どういうものが出てくるか確認したい。例えば(トランプ次期大統領から)関税の話が出てきているが、どうなるか見極めが必要だ」と付け加えています。
こう言われると、トランプ大統領就任の1月20日、あるいは2月初旬の予算教書演説まで待つつもりなのだろうかと、読み手は感じてしまいます。加えて、12月というよりむしろ1月利上げを示唆しているのではないかと見えたのが、以下のやりとりです。
――利上げ判断へチェックすべき指標は。
「なかでも大事なのは賃金動向と、賃金の価格への転嫁の動向だ。価格への転嫁を支えるには経済、特に消費の強さが必要だ。それ以外の変数も全て見る」
「24年の強い春季労使交渉(春闘)の結果が、毎月勤労統計に予想通り反映されている。所定内給与は2.5〜3%の間にあり、長期的に2%の消費者物価指数(CPI)上昇率と、だいたい整合的な水準にきている。大事なのはこれが継続するかだ」
――それは経済そのものの強さを確認することになる。消費環境は改善しているか。
「実質賃金はインフレ率と賃金上昇率の対比だ。財のインフレ率はまだある程度一時的な(上昇の)影響がある。これがもう少し下がれば今後の実質賃金は少し強くなり、消費をサポートしていくと考えている」
「賃金でいえば、25年の春闘がどういうモメンタム(勢い)になるか。それはみたい。そこは確認にもう少し時間がかかるが、それを待たないと金融政策が判断できないわけではない」
(出所)日本経済新聞社、楽天証券経済研究所作成
もし、12月利上げを明確に織り込ませたいのなら、最初の質問に対する答えの「大事なのはこれが継続するかだ」から先は言うべきではないでしょう。「所定内給与は2.5〜3%の間にあり、長期的に2%のCPI上昇率と、だいたい整合的な水準に来ている」で止めるべきでした。
しかも、丁寧に「25年の春闘がどういうモメンタムになるか。それは見たい。そこは確認にもう少し時間がかかるが、それを待たないと金融政策が判断できないわけではない」と言ってしまうと、連合が第一回回答集計結果を出す3月の前、すなわち1月の金融政策決定会合で動くことを示唆しているように読めてしまいます。
市場は見出しに反応しただけではない
にもかかわらず、債券市場は売り(金利上昇)、為替市場は円高で反応しました。これは決して、「植田日銀総裁、利上げ『賃金・米国見極め』 データ想定通り」、「日銀総裁『一段の円安、リスク大きい』 政策変更で対応も」という見出しに反応しただけではないとみています。
どういうことかというと、まず、わざわざこのタイミングでインタビュー記事を配信したこと自体に、政策的な意図があるということです。日本銀行が1月利上げを考えているなら、12月利上げという思惑を減らす、つまり何もメッセージを出さないのが普通です。
このタイミングでインタビュー記事を配信したのには、12月利上げを織り込ませようという意図があったとしか考えられません。
二つ目は、データ・ディペンデントに考えれば、市場が「もう十分」と考えている可能性です。最近の植田総裁の発言を振り返ると、周到に10月の全国CPIへの注目を促してきました。(図表1)。
<図表1 最近の植田総裁の発言>
そして、11月22日に発表された全国CPI「サービス」の結果が図表2になります。
<図表2 全国CPI「サービス」と企業向けサービス価格指数>
10月の全国CPIの「サービス」は前年比1.5%と、9月の1.3%から伸びを高め、賃金上昇をサービス価格に転嫁する動きが広がりつつあるという日銀の見方を裏付ける結果でした。帰属家賃を除くベースで見るとより明確で、9月の前年比1.9%から10月2.2%と、0.3%ポイント上振れています。
にもかかわらず、今回のインタビューで植田総裁は以下のように述べています。
「賃金のサービス価格への反映についても確認したい。企業間取引では賃金が価格に反映される動きが出てきている。一方、消費者物価のサービス価格や、企業間取引でも大企業の系列に入っていない会社などではまだ弱いという情報もある。そこは丁寧にみていきたい」
(出所)日本経済新聞社、楽天証券経済研究所作成
ちなみに、植田総裁の指摘する企業間取引のサービス価格というのは日銀が発表している企業向けサービス価格指数のことですが、図表2に示した通り、これも9月の前年比2.9%から10月3.1%へ上振れています。
植田総裁は自ら周到に10月の全国CPIのサービスに注意を振っておきながら、「大企業の系列に入っていない会社などではまだ弱いという情報もある。そこは丁寧に見ていきたい」と述べたわけで、市場から「いやいやいや」「ちょっとちょっと」といった声が聞こえてきても不思議ではありません。
今回の反応は市場からの催促~まさにコミュニケーションの正常な姿~
今回、市場がインタビュー記事の内容に反して、円高・金利高で反応したのは、正常なコミュニケーションの姿と見ることが可能です。
日銀と市場のコミュニケーションというのは、まず日銀が金融政策運営の考え方や重視するデータとその見方を詳らか(つまびらか)にし、市場は市場でそのデータについて評価した上で、それらが一致すれば日銀の政策変更にサプライズは生じない。これが本来のコミュニケーションの姿です。
従って、今回の市場の反応は、植田総裁が9月以来コミュニケーションの一環として注意を促してきた10月のサービス価格が、利上げを行うに十分な結果だったという市場の評価を示すものであり、12月利上げの催促だと捉えることが可能です。
これに対して、もし日銀が12月利上げを行わないつもりなのであれば、改めて10月のサービス価格が、賃金上昇をサービス価格に転嫁する動きが広がっていると判断するには不十分だったという情報発信を、何らかの形で行う必要があります。
12月の金融政策決定会合まで2週間。今のところ明らかになっている12月5日の中村豊明審議委員による金融経済懇談会(広島)を含め、日銀高官の情報発信に引き続き注目する必要がありそうです。
(愛宕 伸康)
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